大河内一男
大河内 一男(おおこうち かずお、1905年1月29日 - 1984年8月9日)は、経済学者[1]。東京大学名誉教授、日本学士院会員。元・東京大学教授、経済学部長、総長[2]。日本における労働問題研究の草分け的存在。東大紛争時の東大総長。父は講談作家の大河内翠山。長男は経済史家の大河内暁男。
経歴[編集]
東京市下谷区下谷下根岸町(現・東京都台東区根岸)生まれ[3]。講談作家大河内翠山(本名・発五郎)の長男[4]。1923年東京府立第三中学校卒業。1926年第三高等学校卒業。京都帝国大学英文学部助教授の厨川白村を慕って三高の文科甲類に進学し、作家もしくは英文学の研究を志したが、同級の友人名和統一から回覧された『共産党宣言』の翻訳を読んで感動し、社会科学に関心を移した。東京帝国大学経済学部に進学し、三中の先輩で社会政策の講座を担当していた河合栄治郎の演習に参加した。1929年東京帝国大学経済学部卒業。卒業と同時に河合のもとで経済学部助手に採用された(任期2年)。1930年近衛歩兵第三聯隊に幹部候補生として入隊したが、中途で胸膜炎のため兵役免除。1932年東京帝国大学経済学部嘱託[2]。論文「労働保護立法の理論に就いて」(『経済学論集』1933年11月)で社会政策の本質を総資本=国家の労働力保全策であるとする「大河内理論」の骨組みを確立し、戦後の社会政策論争に大きな影響を与えた[5]。1935年東京帝国大学経済学部講師[6]。1939年に河合門下の「三羽烏」[7]といわれた大河内、安井琢磨、木村健康の3人は河合の休職処分に抗議して平賀譲総長に辞表を提出したが、平賀に取り下げを勧められため河合に相談したところ、「辞表は撤回していはいけない、撤回しなければ平賀総長を退陣に追い込むことになるし、君たちは必ず助教授になれる、私が責任をもってそうしてあげるから」[8]と言われ、師の考え方にショックを受けた大河内と安井は辞表を撤回した。そのため2人は師から破門同様になった。平賀粛学後の1939年7月、東京帝国大学経済学部助教授に就任[2]。戦時中、戦時下においてこそ労働力の保全とその再生産のために社会政策を推し進めなくてはならないとする生産力理論を唱えた[4][9]。このような立場から穂積重遠の「社会事業研究所」や東大法学部生を中心とした「国民厚生研究会」で農村や工場の実態調査に携わったほか、昭和研究会に参加し、昭和塾の常任講師も務めた[2]。
1945年東京帝国大学教授[10]。同年12月に賀川豊彦、藤林敬三、竪山利忠と日本生活問題研究所(日生研)を設立[11]。1946年4月から専修大学経済学部長[12]、1947年10月から1949年3月まで専修大学学長を兼任[13]。1951年「独逸社会政策思想史」で経済学博士(東京大学)[14]。1947年頃から東大社会科学研究所のグループを率いて労働組合の実態調査を行い、『戦後労働組合の実態』(日本評論社、1950年)[15]で日本の労働組合を「企業別組合」と規定した[10]。また日本の賃労働のあり方を「出稼ぎ型」と規定し、農村の過剰人口が都市で賃労働に従事し不況時には帰村することから日本の低賃金や企業別組合の成り立ちを説明した[16]。岩波新書から刊行した三部作『黎明期の日本労働運動』(1952年)、『暗い谷間の労働運動―大正・昭和(戦前)―』(1970年)、『戦後日本の労働運動』(1955年)では「出稼ぎ型労働力」論に基づく日本の労働運動史を描いた[17]。1955年に高野総評の「ぐるみ闘争」は本来の労働運動のあり方から逸脱した「外延的」労働運動であって、本来の「内包的」労働運動に帰れと批判し、高野実総評事務局長と雑誌『世界』誌上で「内包・外延論争」を展開した[5][18]。1955年以降、フォード財団の援助で『日本労働運動史料』(全11巻)[19]の編纂に従事した[10]。
1950~1952年、1962~1964年社会政策学会代表幹事[20]。1963年東京大学総長[10]。1965年日本学士院会員[1]。1968年東大紛争のため任期途中で総長を辞任、退官。1972年公職適否審査委員会委員[10]、日本生産性本部副会長[21]。1973年社会保障制度審議会会長[1]。同年財団法人ラボ国際交流センター設立と同時に初代会長[22]。1972年9月に蠟山政道、松前重義らと現代総合研究集団(現代総研)を設立、代表委員[23]。1974年に慶谷淑夫、藤田至孝と日本労働教育センターを設立、会長[24][25]。1980年社会経済国民会議議長[26]。1981年勲一等瑞宝章受章。1984年8月9日、両側性気管支肺炎のため、東京・駿河台の杏雲堂病院で死去、79歳[27]。
主著に『独逸社会政策思想史』(日本評論社、1936年)、『社会政策の基本問題』(日本評論社、1939年)、『戦時社会政策論』(時潮社、1940年)、『スミスとリスト――経済倫理と経済理論』(日本評論社、1943年)、『社会政策(総論・各論)』(有斐閣全書、1949-1950年)、『社会政策の経済理論――続『社会政策の基本問題』』(日本評論新社、1952年)、『日本労働組合物語(全5巻)』(松尾洋共著、筑摩書房、1965-1973年)がある。自伝的作品に『社会政策四十年――追憶と意見』(東京大学出版会、1970年)、『暗い谷間の自伝――追憶と意見』(中公新書、1979年)がある。著作集に『大河内一男著作集(全5巻)』(青林書院新社、1968-1969年)、『大河内一男集(全8巻)』(労働旬報社、1980-1981年)がある。
門下生に氏原正治郎、隅谷三喜男、高梨昌、兵藤釗などがいる[5]。
著書[編集]
単著[編集]
- 1930~40年代
- 『独逸社会政策思想史』(日本評論社、1936年/上・下、日本評論社、1949-1951年/日本評論新社、1953年)
- 『社会政策の基本問題』(日本評論社、1939年)
- 『戦時社会政策論』(時潮社、1940年/日本評論社、1944年)
- 『スミスとリスト――経済倫理と経済理論』(日本評論社、1943年)
- 全訂版『スミスとリスト』(弘文堂、1954年)
- 『戦後に於ける社会政策』(東洋経済新報社[東洋経済講座叢書]、1946年)
- 『日本資本主義と労働問題』(白日書院、1947年)
- 『労働組合と失業問題』(白日書院、1947年)
- 『社会科学と知識層』(勁草書房、1948年)
- 『国民生活の理論』(光生館、1948年)
- 『学生と社会科学』(啓示社、1948年)
- 再版『学生と社会科学――社会科学を如何に学ぶべきか』(啓示社、1949年)
- 『労働者問題』(日東出版社[教養の書]、1949年)
- 『社会政策 総論』(有斐閣[有斐閣全書]、1949年、新訂1952年、改訂版1963年、増訂版1980年)
- 1950年代
- 『社会政策 各論』(有斐閣[有斐閣全書]、1950年、新訂1954年、改訂版1963年、3訂版1981年)
- 『社会問題』(三省堂出版[社会科文庫]、1950年)
- 『経済思想史』(勁草書房、1950年)
- 『新労働教育講座 10 社会政策論』(中央労働学園、1950年)
- 『学生と社会科学』(國元書房、1950年)
- 『社会政策原理』(勁草書房[勁草全書]、1951年)
- 『社会思想史』(有斐閣[教養全書]、1951年)
- 『社会科学入門』(要書房[要選書]、1952年)
- 『社会政策の経済理論――続『社会政策の基本問題』』(日本評論新社、1952年)
- 『黎明期の日本労働運動』(岩波書店[岩波新書]、1952年)
- 『社会思想とは何か』(みすず書房[教養の書]、1953年)
- 『日本労働組合論』(慶友社、1953年)
- 『社会思想史 続』(有斐閣[教養全書]、1954年)
- 『戦後日本の労働運動』(岩波書店[岩波新書]、1955年)
- 改訂版『戦後日本の労働運動〔改訂版〕』(岩波書店[岩波新書]、1961年)
- 『経済学全集 11 労働問題』(弘文堂、1955年)
- 『欧米旅行記』(時事通信社、1955年)
- 『経済学入門』(青林書院新社[入門シリーズ]、1956年/全訂版、青林書院[青林入門シリーズ]、1960年)
- 『労働組合運動の再出発――「企業別組合」の内と外』(日本評論新社、1956年)
- 『社会思想史要綱』(青林書院[青林全書]、1957年)
- 『労働組合運動への提言』(三芽書房、1957年)
- 『日本の労働問題』(全国地方銀行協会[銀行叢書]、1958年)
- 『技術革新と労働組合』(日本生産性本部[現代生産性叢書]、1958年)
- 『経済思想史 第2巻』(勁草書房、1958年)
- 『現代知性全集 8 大河内一男集』(日本書房、1959年)
- 『新しい労使関係のために』(有信堂[文化新書]、1959年)
- 『貧乏物語』(文藝春秋新社、1959年/文藝春秋新社[文春ポケット]、1964年)
- 1960年代
- 『日本的中産階級』(文藝春秋新社、1960年)
- 『新しい労使関係のために 続』(有信堂[文化新書]、1960年)
- 『日本の労働組合』(全国地方銀行協会[銀行叢書]、1960年)
- 『日本の労働組合』(慶友社、1961年)
- 『これからの労働組合』(至誠堂、1961年)
- 『社会政策講義(全3巻)』(有信堂、1963・1965・1968年)
- 『労働組合』(有斐閣、1963年)
- 『私の経済成長論』(文藝春秋新社、1964年)
- 『労働問題入門』(青林書院新社[入門シリーズ]、1964年)
- 『技術革新と労働組合』(日本生産性本部[現代経営双書]、1964年)
- 『労使関係論講義』(日本労働協会[JIL文庫]、1965年)
- 『私の人間像』(東京大学出版会、1965年)
- 『これからの労働組合』(至誠堂[至誠堂新書]、1965年)
- 『これからの労使関係』(講談社[講談社現代新書]、1966年)
- 『自分で考える』(講談社[思想との対話]、1967年)
- 『職業と人生――働く青年のために』(日刊労働通信社、1967年)
- 『私の教育論』(東京大学出版会、1967年)
- 『私の大学論』(東京大学出版会、1968年)
- 『経済学講義』(青林書院新社[青林講義シリーズ]、1968年)
- 『社会科学入門』(青林書院新社[入門シリーズ]、1968年)
- 1970年代
- 『社会政策四十年――追憶と意見』(東京大学出版会、1970年)
- 『暗い谷間の労働運動―大正・昭和(戦前)―』(岩波書店[岩波新書]、1970年)
- 『経済学史入門』(青林書院新社[入門シリーズ]、1970年)
- 『賃銀』(有斐閣、1970年)
- 『自分を生かす』(福村出版、1970年)
- 『社会科学入門』(弘文堂書房[アテネ新書]、1971年)
- 『日常茶飯』(読売新聞社、1971年)
- 『幸徳秋水と片山潜――明治の社会主義』(講談社[講談社現代新書]、1972年)
- 『大河内一男社会政策論集 1 社会政策論の史的発展』(有斐閣、1972年)
- 『大河内一男社会政策論集 2 労使関係論の史的発展』(有斐閣、1972年)
- 『労使関係の曲り角――労使関係セミナー記録』(有信堂、1972年)
- 『余暇のすすめ』(中央公論社[中公新書]、1974年)
- 『経済入門』(青林書院新社[大河内入門シリーズ]、1978年)
- 『経済思想史入門』(青林書院新社[大河内入門シリーズ]、1978年)
- 『社会政策入門』(青林書院新社[大河内入門シリーズ]、1978年)
- 『労働問題入門』(青林書院新社[大河内入門シリーズ]、1978年)
- 『社会保障入門』(青林書院新社[大河内入門シリーズ]、1978年)
- 『人類の知的遺産 42 アダム・スミス』(講談社、1979年)
- 『暗い谷間の自伝――追憶と意見』(中央公論社[中公新書]、1979年)
- 1980年代
- 『日本人の生活と労働』(日本放送出版協会[新NHK市民大学叢書]、1981年)
- 『社会思想史』(有斐閣、1985年)
- 『高齢化社会に生きる――大河内一男講演集』(東京都高齢者事業振興財団大河内一男講演集編集委員会編、東京都高齢者事業振興財団、1985年)
- 『経済のソフト化と労使関係』(時潮社、1986年)
- 『高齢化社会に生きる――『大河内一男講演集』より』(全国シルバー人材センター協会編、全国シルバー人材センター協会、1989年)
共著[編集]
- 『国防生活論』(酒枝義旗、中川友長共著、巌松堂[国防経済学大系]、1943年)
- 『抵抗の学窓生活』(清水幾太郎ほか共著、要書房、1951年)
- 『賃金の理論と実務』(大河内一男著者代表、労働法学研究所、1953年)
- 『日本の労使関係と労働組合』(中山伊知郎共著、日本労働協会[JIL文庫]、1959年)
- 『家庭経済学』(篭山京共著、光生館、1960年、改訂版1965年、新版1970年)
- 『日本のユニオン・リーダー』(氏原正治郎、高橋洸、高梨昌共著、東洋経済新報社、1965年)
- 『企業繁栄のための労使関係』(鈴木哲夫、和田春生共著、日本生産性本部[現代労使関係シリーズ]、1965年)
- 『日本労働組合物語 明治』(松尾洋共著、筑摩書房、1965年)
- 『日本労働組合物語 大正』(松尾洋共著、筑摩書房、1965年)
- 『日本労働組合物語 昭和』(松尾洋共著、筑摩書房、1965年)
- 『現代の労働問題』(沼田稲次郎、塩田庄兵衛共著、労働旬報社、1967年)
- 『私は何を学んだか――人間に不可欠なもの』(大河内一男等著、青春出版社[青春新書]、1967年)
- 『日本労使関係論――第三の道を求めて』(中山伊知郎共著、青林書院新社、1968年)
- 『日本労働組合物語 戦後 1』(松尾洋共著、筑摩書房、1969年)
- 新装版『日本労働組合物語 戦後篇 上』(松尾洋共著、筑摩書房、1987年)
- 『日本労働組合物語 戦後 2』(松尾洋共著、筑摩書房、1973年)
- 新装版『日本労働組合物語 戦後篇 下』(松尾洋共著、筑摩書房、1987年)
- 『日本を考える』(中山伊知郎共著、田代書店、1973年)
- 『八〇年代への検証――現代社会と労働問題を考える』(沼田稲次郎、塩田庄兵衛共著、労働旬報社、1979年)
編書[編集]
- 『国民生活の課題』(日本評論社、1943年)
- 『経済学新大系 第4巻 失業』(河出書房、1952年)
- 『日本の労働組合』(東洋経済新報社、1954年)
- 『経済学演習講座 13 社会政策 上』(青林書院、1954年)
- 『経済学演習講座 14 社会政策 下』(青林書院、1954年)
- 『日本労働組合論――単位産別組合の性格と機能』(有斐閣[東京大学社会科学研究所研究報告]、1954年)
- 『経済学演習講座 7 社会政策』(青林書院、1955年)
- 『社会科学の名著』(毎日新聞社[毎日ライブラリー]、1955年)
- 『学生生活』(要書房[要選書]、1955年)
- 『経済学説全集 第5巻 歴史学派の形成と展開』(河出書房、1956年)
- 『岩波小辞典 労働運動』(岩波書店、1956年/第2版、1973年)
- 『労働組合の生成と組織――戦後労働組合の実態』(東京大学出版会、1956年)
- 『経済学ハンドブック 2 社会政策』(青林書院、1957年)
- 『社会保障』(有斐閣[らいぶらりい・しりいず]、1957年)
- 『講座現代日本の分析 3 日本の経営と労働 1』(有斐閣、1961年)
- 『講座現代日本の分析 4 日本の経営と労働 2』(有斐閣、1961年)
- 『現代日本思想大系 15 社会主義』(筑摩書房、1963年)
- 『労働組合と賃金』(北海道労働協会[通信労働教育講座]、1963年)
- 『京浜工業地帯の産業構造』(東京大学出版会、1963年)
- 『日本の経済――戦前・戦後 鈴木武雄教授還暦記念論文集』(東洋経済新報社、1963年)
- 『経済学を築いた人々――ペティからシュンペーターまで』(青林書院新社、1963年、増補版1966年)
- 『続 経済学を築いた人々――時代の思想と理論』(青林書院新社、1964年)
- 『産業別賃金決定の機構』(日本労働協会、1965年)
- 『経済学史講義』(青林書院新社[青林講義シリーズ]、1966年)
- 『経済学全集 1 経済学入門』(筑摩書房、1966年/第2版、1976年)
- 『資料・戦後二十年史 4 労働』(日本評論社、1966年)
- 『学問と読書――現代科学入門』(東京大学出版会、1967年)
- 『世界の名著 31 アダム・スミス』(責任編集、中央公論社、1968年)
- 『世界の名著 37 アダム・スミス』(責任編集、中央公論社[中公バックス]、1980年)
- 『世界の人生論 12 人生のことば』(角川書店、1968年)
- 『国富論研究(全3巻)』(筑摩書房、1972年)
- 『現代日本の産業社会』(高文堂出版社、1974年)
- 『石油危機後の日本・西ドイツ経済――比較研究』(日本経済新聞社、1981年)
- 『年金革命への道――基本年金を提唱する』(東洋経済新報社、1982年)
共編[編集]
- 『労働政策とその背景』(高橋誠一郎共編、日本経済新聞社、1949年)
- 『学生と社会』(清水幾太郎共編、日本評論社、1950年)
- 『学生と読書』(清水幾太郎共編、日本評論社、1950年)
- 『学生生活』(清水幾太郎共編、新評論社、1952年)
- 『日本の労働者階級』(隅谷三喜男共編、東洋経済新報社、1955年)
- 『労働市場の研究――中学校卒業生の就職問題』(氏原正治郎共編、東京大学出版会[東京大学社会科学研究所研究報告]、1955年)
- 『社会主義講座(全8巻)』(向坂逸郎、高島善哉、都留重人、名和統一共編、河出書房、1956年)
- 『講座労働問題と労働法 第6巻 婦人労働』(磯田進共編、弘文堂、1956年)
- 『講座労働問題と労働法 第1巻 労働組合の組織と運営』(氏原正治郎共編、弘文堂、1957年)
- 『賃金決定――理論と実際』(大石恭彦、舟橋尚道、金子美雄共編、労働法学研究所、1957年)
- 『わが学生の頃』(清水幾太郎共編、三芽書房、1957年)
- 『古典派経済学研究』(楊井克巳、大塚久雄共編、岩波書店、1958年)
- 『帝国主義研究』(楊井克巳、大塚久雄共編、岩波書店、1959年)
- 『労働組合の構造と機能――職場組織の実態分析』(氏原正治郎、藤田若雄共編、東京大学出版会[東京大学社会科学研究所研究報告]、1959年)
- 『労働組合と社会政策』(岸本英太郎共編、有斐閣、1959年)
- 『講座日本の労働問題 4 労働組合運動史』(藤田若雄共編、弘文堂、1962年)
- 『労働事典』(吾妻光俊共編、青林書院新社、1965年、普及版1975年)
- 『現代労働問題講座(全8巻)』(有泉亭、金子美雄、藻利重隆共責任編集、有斐閣、1966-1967年)
- 『新しい社会・労使関係』(有沢広巳、中山伊知郎共編、サンケイ新聞社出版局、1967年)
- 『教養経済学辞典』(内田忠夫、田添京二、高梨昌、大河内暁男、加藤三郎、兵藤釗共編、青林書院新社、1967年)
- 『教育学全集 14 教育と社会』(籠山京、松田智雄、福田歓一、吉田昇、長尾十三二共編、小学館、1968年、増補版1976年/小学館[小学校教育全書]、1983年)
- 『講座日本の将来 6 教育改革の課題』(清水義弘共編、潮出版社、1969年)
- 『成長と福祉――日本の場合・西ドイツの場合』(有沢広巳共編、日本経済新聞社、1972年)
- 『改革の時代――現代総合研究集団提言集』(松前重義、長洲一二、正村公宏共編、日本経済新聞社、1977年)
- 『成長経済の転換――日本の場合・西ドイツの場合 第5回日独文化交流セミナー』(有沢広巳共編、日本経済新聞社、1977年)
- 『経済学辞典』(大河内暁男、貝塚啓明、加藤三郎、高梨昌、田添京二、中村隆英、兵藤釗共編、青林書院新社、1980年)
訳書[編集]
- 『現代英吉利経済の分析』(横山正彦共訳、国際書房、1943年)
- フィリップ・タフト『労働組合――その組織と発展』(川田寿共訳、時事通信社、1956年)
- エリック・L.ウィガム『労働組合』(秋田成就共訳、紀伊國屋書店、1958年)
- ジョン・P.ウィンドミューラー編『経営労働賃金』(関谷耕一共訳、時事通信社、1959年)
監訳[編集]
- アダム・スミス『国富論(全3巻)』(中央公論社、1976年/中央公論社[中公文庫]、1978年/改版、中央公論新社[中公文庫]、2020年)
著作集[編集]
- 『大河内一男著作集(全5巻)』(青林書院新社、1968-1969年)
- 「第1巻 独逸社会政策思想史 上巻」(1968年)
- 「第2巻 独逸社会政策思想史 下巻」(1969年)
- 「第3巻 スミスとリスト」(1969年)
- 「第4巻 戦時社会政策論,国民生活の理論」(1969年)
- 「第5巻 社会政策の基本問題」(1969年)
- 『大河内一男集(全8巻)』(労働旬報社、1980-1981年)
- 「第1巻 社会政策論 1」(1981年)
- 「第2巻 社会政策論 2」(1981年)
- 「第3巻 労使関係論」(1980年)
- 「第4巻 労働組合論」(1980年)
- 「第5巻 戦後労働運動論」(1981年)
- 「第6巻 国民生活論」(1981年)
- 「第7巻 社会運動史 1」(1981年)
- 「第8巻 社会運動史 2」(1981年)
脚注[編集]
- ↑ a b c ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説 コトバンク
- ↑ a b c d 大河内一男『暗い谷間の自伝――追憶と意見』中公新書、1979年
- ↑ 朝日新聞社『新・人国記 第9巻』朝日新聞社、1965年
- ↑ a b 高畠通敏「生産力理論――大河内一男と風早八十二」、思想の科学研究会編『共同研究 転向 中巻』平凡社、1960年
- ↑ a b c 高木郁朗監修、教育文化協会編『日本労働運動史事典』明石書店、2015年、52頁
- ↑ 世界大百科事典 第2版の解説 コトバンク
- ↑ 都留重人『現代経済学の群像』岩波書店、1985年
- ↑ 大河内一男『暗い谷間の自伝――追憶と意見』中公新書、1979年、167-168頁
- ↑ 山之内靖著、伊豫谷登士翁、成田龍一、岩崎稔編『総力戦体制』ちくま学芸文庫、2015年
- ↑ a b c d e 神代和欣「大河内一男」、朝日新聞社編『現代人物事典』朝日新聞社、1977年
- ↑ 日本生活問題研究所(日生研)のあゆみ 日本生活問題研究所
- ↑ 柴田弘捷「“継続は力なり”(PDF)」『専修大学社会科学研究所月報』No.500、2005年2月
- ↑ 沿革と歴代リーダー 専修大学
- ↑ CiNii 博士論文 - 独逸社会政策思想史
- ↑ 東京大学社会科学研究所編『戦後労働組合の実態――学術研究会議民主主義研究特別委員会第四部研究報告』日本評論社、1950年
- ↑ 大河内一男『これからの労使関係』講談社現代新書、1966年など
- ↑ 日本大百科全書(ニッポニカ)の解説 コトバンク
- ↑ 津村喬、藤田若雄「日本労働運動への遺言状――故高野実氏の三つの遺言」『現代の眼』1974年11月号
- ↑ 労働運動史料委員会編『日本労働運動史料(全11巻)』労働運動史料刊行委員会、発売:東京大学出版会、1959-1975年
- ↑ 社会政策学会歴代本部校および代表幹事、事務局一覧 社会政策学会
- ↑ 青木慧『政労使秘団――組織と人脈』汐文社、1983年、31頁
- ↑ ラボの精神 公益財団法人ラボ国際交流センター
- ↑ 大河内一男、松前重義、長洲一二、正村公宏編『改革の時代――現代総合研究集団提言集』日本経済新聞社、1977年、330頁
- ↑ 藤田至孝「水準高い同盟の調査研究」『どうめい』第351号、1987年10月
- ↑ 米田重三「民主労働教育会議の発足にあたって――広範な教育通じ豊かな人間性の建設をめざす」『同盟』第238号、1978年5月
- ↑ 日本生産性本部とは | 日本生産性本部について 公益財団法人日本生産性本部
- ↑ 出版年鑑編集部編『出版年鑑 1985年版』出版ニュース社、1985年