炎上した城の一覧

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炎上した城の一覧(えんじょうしたしろのいちらん)では、歴史上色々な理由があり燃えて消滅した城・またはSNSで炎上した城を紹介する。

概要[編集]

燃えて消滅する理由は多数あるが、大抵は

  • 落雷
  • 放火
  • 戦による消滅

などが挙げられる。

ちなみにSNS類は…運営会社の問題発言とかでしょ!異論は認めない

天守閣が消滅したもの[編集]

1582年[編集]

  • 安土城 - 天正年間中期落成、1582年に原因不明のまま炎上、消滅。望楼型。織田信長が命じて金箔などをふんだんに使った豪華絢爛なもので、それは西洋の城郭を連想させるもの。だが、本能寺の変の後に何らかの理由で消滅した。理由は定かではないが、明智光秀織田信雄による放火、落雷説が提唱されている。近代以降、発掘資料を元に復元の試みも何度かあるが実現には至らなかった。

1600年[編集]

1657年[編集]

1728年[編集]

1784年[編集]

1945年[編集]

  • 名古屋城 - 1612年落成、1945年名古屋大空襲で炎上、消滅。層塔型。徳川家康が豊臣恩顧の武将を掻き集めて2年の歳月をかけて完成させた。太平洋戦争で日本の敗北が濃厚になってくると、名古屋にもいずれ空襲が来ることは承知されていた。名古屋市は天守が燃える事を想定して、金鯱を地上に下ろす為の足場を設置、地上に下ろした。しかしその為の足場に焼夷弾が当たり天守に燃え広がり、数少ない江戸時代以来の木造天守、共に金鯱はことごとく焼けた。1957年に鉄筋コンクリート製天守を復元したが、2019年から天守木造化計画を進めている。
  • この他にも福山城(1621年)、和歌山城(1585年)、大垣城(1500年)などが空襲により焼け落ちた。

1949年[編集]

  • 松前城 - 1854年落成[1]1949年に失火で炎上、消滅。層塔型。松前崇広が建造した天守閣内部に台場を埋め込んだものであった。炎上原因は未だ謎のままである。

門・櫓などが消滅したもの[編集]

1945年[編集]

城全体が消滅したもの[編集]

1567年[編集]

1582年[編集]

  • 新府城 - 武田勝頼は武田氏復興を目論み新府城を建てて府中を移すが、織田信長軍の武田征伐に影響され城全体を放火して躑躅ヶ崎に逃亡した。

SNS上で騒動になったもの[編集]

粛清されました この節を書いた人は当局により粛清されました。

脚注[編集]

  1. 『歴史群像シリーズ 日本100名城と続日本100名城に行こう』 日本城郭協会、2020年12月、14頁。

関連記事[編集]