加納城

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加納城(かのうじょう)は、現在の岐阜県岐阜市加納丸之内にかつて存在した日本である。現在は城跡となり、加納公園(かのうこうえん)となっている。

概要[編集]

室町時代中期の文安2年(1445年)に美濃国守護代であった斎藤利長が、美濃国の守護大名である土岐氏居城である革手城の押さえとして築城した。戦国時代天文7年(1538年)にいったん廃城となる。

関ヶ原の戦い徳川家康が覇権を掌握すると、慶長6年(1601年)に家康は重要な拠点である美濃国主(10万石)に娘婿の奥平信昌を任命し、岐阜城に代わる城として自ら縄張りをし、徳川四天王本多忠勝を総奉行に任命した。築城の際、岐阜城天守閣を2の丸東北隅櫓として移したが、後に落雷のため焼失した。本丸を中心に、北東に2の丸、北に3の丸、南に南郭を設け、河川をひいた外堀をめぐらしていた。

奥平氏の後、城主はたびたび代わったが、宝暦6年(1756年)に武蔵国岩槻藩から3万2000石を与えられて永井氏が入部し、以後、明治維新まで永井氏が城主として支配した。

現在の城跡は本丸の石垣などがよく当時の面影を伝えている。

アクセス[編集]

  • JR東海道本線岐阜駅から徒歩15分。
  • JR東海道本線岐阜駅から岐阜バスで「加納中学校前」下車。
  • 名鉄名古屋本線加納駅から徒歩約15分。