2000年代

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2000年代 (2000ねんだい) は2000年から2009年までの10年間を指す。

主な出来事[編集]

皇室[編集]

2001年皇太子殿下雅子妃殿下の間に愛子内親王がご誕生。この頃には既に女性皇族が多かったため、皇位継承問題などが大きな議論となったが、2006年秋篠宮文仁親王紀子妃殿下の間に悠仁親王がご誕生されたことにより、ひとまずこの議論は回避されることとなった。

一方で2002年には高円宮憲仁親王がスポーツ中に心不全で急逝、これを機に自動体外式除細動器 (AED) の使用が一般人でも認められるようになった。

政治[編集]

長らく自民党政権が続いたが、2009年の解散総選挙で民主党が政権を獲得した。なお2001年から2006年9月までは小泉純一郎首相の長期政権で、以降は1年おきに首相が交代していくこととなる。

社会[編集]

2007年郵政民営化が行われ、これまで日本郵政公社が行ってきた郵便事業は郵便事業株式会社に移管され、また郵便局の業務は郵便局株式会社に移管された (のちに2社は合併、現在の日本郵便となる) 。

情報技術[編集]

携帯電話が普及。2000年代後半にはスマートフォンが発売され、以降2010年代にかけて勢力を広げていく。

テレビ放送では2000年にBSデジタル放送がスタートし、また2003年には地上デジタル放送がスタートした。どちらもアナログ放送は2011年に終了している。

パソコンWindowsXPが2001年に発売し、Windows8Windows10が発売されるまで国内の主力OSとして広く使用された。

鉄道[編集]

2005年JR福知山線脱線事故が発生。これを受けて各種法令が改正されるなど、各鉄道事業者は安全を追求していくこととなる。

テレビ・芸能[編集]

お笑い[編集]

2001年にM-1グランプリがスタート。漫才の頂上決戦で、結成10年以内のコンビならプロアマ問わず出場できる大会として大注目を集めた。2002年にはひとり芸の頂点を決めるR-1ぐらんぷりがスタート。コントも、2008年キングオブコントがスタートした。

スポーツ[編集]

プロ野球[編集]

パシフィックリーグが勢いを見せつける時代となる。2005年セ・パ交流戦が導入されたことにより、この勢いは顕著となった。千葉ロッテマリーンズが2005年に球界を圧倒、日本シリーズでは阪神を4試合合計33対4で倒し、以来ネット上などでネタにされることとなる。

2007年にはクライマックスシリーズが導入され、必ずしもリーグ優勝球団が日本シリーズに勝ち進めるとは限らなくなった。

セントラルリーグ2003年阪神タイガースが18年ぶりの優勝。翌2004年には落合博満監督が就任したばかりの中日ドラゴンズが制覇した。2006年から2012年までは巨人と中日と阪神の3強時代同然だった。

その一方で2004年から2005年にかけてはプロ野球全体であらゆる変革が起こり、2004年には大阪近鉄バファローズオリックス・ブルーウェーブの合併を巡るプロ野球再編問題が起こった。これにより東北楽天ゴールデンイーグルスが翌2005年に発足した。また2004年には日本ハムファイターズ札幌ドームに本拠地を移転しているほか、2005年には福岡ダイエーホークスがソフトバンクに身売りされ、福岡ソフトバンクホークスとなった。

選手では2004年に新庄剛志が日本ハムに加入し、自身が引退する2006年まで、北海道に移転したばかりのファイターズを盛り上げた。

サッカーJリーグ[編集]

Jリーグは低迷期に差し掛かる。2004年をもってJリーグチャンピオンシップが廃止されると、翌2005年はJ1リーグの最終節で5チームが優勝を争う展開となった。2003年から2008年にかけては浦和レッズガンバ大阪が常にタイトルを争い、この期間はほぼ2チームの2強時代だった。2007年から2009年までは鹿島アントラーズが3連覇。2007年には浦和が、2008年にはガンバ大阪がAFCチャンピオンズリーグを制覇した。

その一方で2000年代半ばからは名門チームの衰退が相次ぎ、2005年には東京ヴェルディがJ1優勝経験チームで初のJ2降格。また2009年にはジェフユナイテッド千葉が前身の古河電工サッカー部時代から見ても初めての2部降格となった。

脚注[編集]