KISS
KISS (KISekae Set system[注 1]; きす[注 2]) は、パソコン上で紙の着せ替え人形をシミュレートするプログラム。1990年代に主にパソコン通信のBBSを介して一部で流行した。
概要[編集]
技術的には、KISSは複数の画像を同時に重ね合わせ表示し、それぞれの画像をマウスドラッグでリアルタイムに移動することのできる画像ビューアーである。画像には優先順位が設定され、同じ位置の画像は優先順位の高いほうを手前に表示することで紙の重ね合わせを模している。また画像にはカラーキーによる透過が設定でき、透過した部分から下の画像が見えることにより、不定形な紙の切り抜きを模している。ただし実際の紙の場合と異なり、動作中に優先順位を変更することはできない。また画像の回転もできず、平行移動のみが可能であった。これは当時のハードウェアの性能上の都合と考えられる。
KISSは紙の着せ替えを模したものであるから、通常KISSで使用する画像は人物の画像と衣服の画像の一揃えから構成される。しかし画像の内容に技術的な制限が掛けられているわけではないので、プラモやPCパーツの組み立てなどを模した変わり種のデータも一部には存在した。
最初のKISSは少女漫画誌の付録などによく含まれる紙の着せ替えを模していたため、キャラクターも少女漫画から選ばれた。後年のKISSデータではアニメのヒロインを選ぶことが多かった。キャラクターの版権に厳しい商用パソコン通信BBSへの登録を目的として、オリジナルキャラクターのKISSデータも作られた。いずれにしても(紙の着せ替えがそうであるように)アニメ絵の女の子のキャラクターが圧倒的に多かった。
通常、紙の着せ替えの素体は下着姿や水着姿など、上に服を重ねたときにはみ出て邪魔にならないような服装であるが[注 3]、KISSでは下着や水着の着せ替えもできるように作られることが多く、この点ではむしろリカちゃん人形やバービーなどの着せ替え人形に近い。もっともそれらの着せ替え人形のように裏返したりポーズを取らせたりいろいろな角度から眺めたりすることはできない[注 4]ので、やはり操作性は紙の着せ替えを模したものである。
用語[編集]
- セル
- KISS専用の画像フォーマット。16色もしくは256色のインデックスカラーであり、0番のカラーが透明を表す。複数のセルファイルを同時に重ね合わせ表示することで着せ替えを表現する。1つのセルは後述のコンフィグで指定される表示の優先順位を1つだけ持つ。セルファイルの拡張子は.celである(ただし仕様上は拡張子に制限はない)。KISSは重ね合わせ表示の優先順位を動的に変更することができなかった。これは紙の着せ替えと大きく異なる点である。
- パレット
- KISSが公開された当時のハードウェアはTrue Colorに対応していないか、対応していても非常に高価であることが多かったため、セルにはインデックスカラー]が採用されたが、カラーインデックスの情報はセルファイル自体には格納されず、パレットだけで別ファイルになっていた。これはすべてのセルが同じパレットを使用しなければならなかったためだと思われる。
- パレットファイルは10個までのパレット組を持つことができ、パレット組番号の切り替えによるパレットアニメーションが可能だった。パレットファイルの拡張子はKISS v1では.ccb、KISS v2以降は.kcfである。セルファイルと同様、拡張子に仕様上の制限はない。
- オブジェクト
- オブジェクト指向のオブジェクトとは関係ない。マウスでドラッグしたときに同時に動くセルのグループ。1つのセルは表示の優先順位を1つしか持つことができないので、複数のセルを組み合わせて体の手前に表示される服と体の奥に表示される服の裏地を同時に表現するなどの目的に使われる。複数のセルが必要ない場合でも、表示座標の管理のためにセル1つだけからなるオブジェクトが必ず作られる。1つのオブジェクトがだいたい衣服やアクセサリ、ボディなどの物体(object)1つを表すために付けられた名前と考えられる。
- コンフィグ(CNF)ファイル
- 画面サイズ、セルやオブジェクトの配置や重ね合わせされたときの表示の優先順位などを記述したテキストファイル。拡張子は.cnfだが、例によって仕様上の制限はない。Windows XPまではWindowsに標準で含まれるMicrosoft NetMeetingの会議ショートカットと拡張子がかぶっていた。
- セット
- コンフィグファイルにはあらかじめオブジェクトの配置を10パターンまで用意することができた。この配置のパターンをセットという。セットはボタンのマウスクリックやキー操作で容易に切り替えが可能であり、マウスドラッグによる服の移動よりはるかに容易に定義済みの着せ替えのパターンを表示できた。
- KISSデータ
- KISSとして遊べるように整えられたセル、パレット、コンフィグファイルのまとまり。英語ではKiSS dollということが多いようである。着せ替えセット(英語ではKiSS set)と呼ばれることもあるが、オブジェクトの配置パターンを意味する「セット」と紛らわしい[3]。
- マーク
- オブジェクトを識別するための番号。そのまんまオブジェクト番号ともいう。
- 固定値
- コンフィグファイルで設定される、オブジェクトの動かしにくさを表す数値。たいていのKISSデータは下着の着せ替えもできるが、このとき下着に固定値を設定して簡単には動かせないようにすることが多かった。
- ぺしぺし
- KISSのオブジェクトはマウスドラッグで移動できるが、固定値の設定により一部オブジェクトをマウスで移動しないようにもできる。しかしそれらのオブジェクトもある操作を繰り返し行うことで動かせるようになっていた。その操作の通称。KISS v1の時点ではドキュメントに記載されていない裏技であり、それ以後のバージョンでもドキュメントに具体的な操作方法は説明されていない。
歴史[編集]
v1.02[編集]
1991年に公開されたKISSの最初のバージョンは、岡野史佳『ハッピー・トーク』1巻56ページに収録されている、同作品の主人公デイジールイスの着せ替え[4]をPC-9800シリーズ上で再現したものだった。プログラムを起動するとデイジーの画像と衣装の画像が表示され、マウスによるドラッグ・アンド・ドロップで衣装を動かし、着せ替えができるようになっていた。当時はキーボード操作が主体であってマウスは必ずしも必須のデバイスではなく、画像を画面上でリアルタイムに動かすにも当時の水準でそこそこの性能が必要だったため、この程度のプログラムでも十分に高度なことを行っていたのである。
この時点ではデータ形式は文書化されていなかったが、コンフィグファイル(KISS.CNF)はテキストファイルであり、内容を見れば構造は容易に推察でき、ちょうどMikuMikuDanceのサードパーティ製モデルのように第三者がデータを作ることができた。このときの画面サイズは、セグメントをまたいだアクセスを不要とするため256×256で、色数はPC-9800シリーズのハードウェアの制限により16色であった。今となってはアイコンサイズだが、PC-9800シリーズは全画面の解像度が640×400だったことを考えてサイズ感を想像していただきたい。
v2.18[編集]
KISS v1は公開から2年ほど経って作者に反響が届くようになった。一説にはぺしぺしで下着を動かせることが知られるようになったためと言われている。
反響を受けてKISSがバージョンアップされ、画面サイズが448×320に拡大されるなどの機能強化が行われたKISSバージョン2.18が1993年に公開された。
バージョン2はデータ形式も文書化され、データを作成するためのツールも付属するなど、汎用ビューアーとしての性格を強く意識するようになったが、まだ標準でデータが付属していた。付属のデータは吉住渉『ママレード・ボーイ』に登場する小石川光希の着せ替えで、りぼん1992年7月号の付録MIKICHAN Hand Made Noteに収録の着せ替え[5]を再現したものだった。
データ形式の文書化と作成ツールの公開により、多数のKISSデータが作られてパソコン通信で配布されるようになった。
v2.24c[編集]
1993年9月に公開されたKISS v2.24では画面サイズがデータ側の指定で可変となり、最大640×400、すなわちPC-9800シリーズの全画面サイズまで指定可能となった。またセルファイルのメモリ表現の64KB制限が撤廃され、同時に16個しか使用できなかったオブジェクトの制限も128個まで拡張された。このように画像サイズが大きくなると、MS-DOSの640KBのメモリでは不足するようになったため、EMSへの対応も行われた。
v2.24cの配布ファイルにデータは付属していないが、v2.18の付属データを640×400の画面で読み込み、かつ16個を超えてすべてのセルを同時表示するCNFファイルが付属していた。
この頃になると他機種への移植も進められ、X68000、Windows、Macintosh、X Window System用のビューアーが公開されていた。
KISSin'BBS[編集]
1993年11月に着せ替え専門の草の根BBSであるKISSin'BBSが開局し、以降のKISSの1次アップロード先はすべてKISSin'BBSとなった[注 5]。
v2.37[編集]
1994年7月13日公開。他機種への移植が行われるようになったことを受け、これまでPC-9800のハードウェアに強く依存していた仕様を見直した、KISS General Specification (KISS/GS)がv2.37配布ファイルに仕様書を同梱する形で発表された。KISS/GSには4つのランクが存在し、ランクごとに画面サイズ、色数、同時使用可能なセル数、オブジェクト数の最低保証値が、以下のように定義された。
ランク | 画面サイズ | 色数 | セル数 | 備考 |
---|---|---|---|---|
KISS/GS1 | 640×400 | 16 | 128 | KISS v2.24c相当 |
KISS/GS2 | 640×400 | 256 | 256 | KISS v2.37相当 |
KISS/GS3 | 768×480 | 256 | 256 | |
KISS/GS4 | 768×480 | 256 | 512 |
KISS v2.37はKISS/GSのランク2、すなわち256色表示に対応していた。16色しか使用できないPC-9800シリーズのハードウェアで256色表示を行うため、16色を超えるデータは自動的にディザリングをかけて表示された。
このバージョンからKISS本体とデータは完全に分離され、別途入手したデータを表示するためのビューアーとなった。これまでの付属データは少女漫画のキャラクターの着せ替えだったが、商用BBSへの転載を考慮して、版権問題の生じないオリジナルキャラクター小山内貴澄のデータが作られ、KISS v2.37の256色対応をテストするサンプルデータとして同時公開された。
そのほか、このバージョンからマウスカーソルが手形になってドラッグ中は服をつまんでいるような表現がされるようになったが、Windowsなどに移植されたローダーでは再現されていない。
このあたりからCompuServeのBBSやAnonymous ftpサイトを通じて、海外にも進出するようになった。
v2.50d[編集]
1995年9月24日公開。画面スクロールにより640×480を超えるデータを表示できるようになった。LZHダイレクトアクセスに対応し、当時日本のパソコン通信で配布ファイルに広く使われていたLZH形式の書庫ファイルを、展開せずに直接データを開けるようになった。
PC-9800版のKISSを、移植版に対して本家と称することがあるが、この本家のリリースはすでにWindowsへの移行が進みつつあったこともあってか、v2.50dが最後となった。今後の展開としてコンフィグファイルのバイナリ化などが示唆されていたが、実現されていない。LZHダイレクトアクセスによってすでにある意味バイナリ化は達成されており、互換性を捨ててあで新しいファイル形式を採用する需要が乏しかったと考えられる。
fkiss[編集]
KISSのX Window Systemへの移植であるfkissでは、コンフィグファイルのコメント領域にスクリプトを記述することでクリック、セルの移動、タイマーなどのイベントに応じてセルの表示状態切り替え、オブジェクトの移動、音声再生などを行えるイベント拡張の実験が行われていた。
fkissのイベント拡張はあくまでも実験であり、将来のKISS仕様にイベント拡張が導入される場合そのフォーマットなどはまったく異なるものになると予告されていたが、既述の通りKISSのバージョンアップは停滞し実際に「将来のKISS仕様」が発表されることもなかったため、fkissのイベント拡張は徐々に他の移植版にも実装され、事実上の標準として使われるようになっていった。
Cherry Kiss[編集]
Cherry KissはひゅうによるWindows用KISSローダーである。KISSは登場時点のハードウェアの制約により、16色及び256色のインデックスカラー]のセルしか扱うことができなかった。これにTrue Colorのセルおよび半透明を扱うための仕様を追加し、そのサンプル実装として作られたローダーがCherry Kiss (ckiss)である。True Colorの画像はサイズが非常に大きくなるため、JPEG圧縮と独自方式による可逆圧縮がサポートされた。
ckissの半透明サポートとTrue Colorのセルは正式なKISSの仕様ではないものの、他のローダーにも移植されて事実上の標準として使われるようになっていったのはfkissと同様である。ただし独自方式による可逆圧縮は仕様もソースコードも公開されず、他のローダーではほとんど実装されなかった。
海外展開[編集]
本家が更新されなくなり、1999年11月にKISSin'BBSが閉局し、正式な仕様の更新もなくなったKISSは日本では徐々に存在感を失っていったが、海外に進出したKISSでは独自の機能拡張なども行われ、2000年代前半にかけてインターネットで広がっていった。このあたりの詳細は某おカタい百科事典も参照されたい。
しかし海外でもWindows Vistaのリリース以後、更新されないローダーや作成ツールの互換性が徐々に問題となり、製作者が離れていった[6]。
脚注[編集]
- 注
- ↑ KISSの動作中、画面左上に「KISS(KISekae Set system)」とテキストバナーが表示されるが、配布ファイルに同梱の文書などではもっぱら「KISS.EXE」もしくは「KISS」の名称が使われているため、本項目の記事名にも「KISS」を採用した。
- ↑ MAGフォーマットの画像を鮪ということがあったように、鱚と呼ばれることも稀にあった。
- ↑ コンプティーク 1988年10月号に付属していたトップをねらえ!のタカヤノリコの着せ替えなど[1][2]、例外も存在する。
- ↑ やりたくとも当時のハードウェアでは到底不可能である。
- ↑ それまでの1次アップロード先はNIFTY-ServeやPC-VANなどの大手商用BBSだった。
- 出典
エンペディア 節目の記念記事 |