1894年

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1894年とは、19世紀の94年目。日本元号では明治27年。

日本の出来事[編集]

1月[編集]

  • 1月3日 - 碓氷トンネルで煤煙防止の新装置が設置される。
  • 1月4日 - 褒章条例が改正され、人身救助者に紅綬褒章、孝子節婦に緑綬褒章、学術妓芸の優秀者に藍綬褒章が与えられる。
  • 1月5日 - 三重県宇治山田町で伊勢徴古館の建設が決定される。
  • 1月12日 - 文部省が就学者の増加を図るため、小学校の2部授業を奨励し、貧困児童の就学のため夜学、日曜学校などを勧励する。
  • 1月17日 - 農商務省栃木県福島県青森県など23ヶ所の米穀取引所を認可したことにより、全国で71ヶ所となる。
  • 1月24日 - 鹿児島県で大火により、555戸が焼失する。
  • 1月 -
    • 東京の電灯数が1万8000灯となる。
    • 東京の牛乳業者が整腸剤としてヨーグルトを初めて製造し販売する。
    • 絹やハンカチの製造が盛んになり、職工人は10歳から20歳の女性が主で約7万人に達する。
    • 新渡戸稲造札幌で恵まれない子弟のために遠友夜学校を設立し、当時としては異例の男女共学とする。
    • イギリス王室に贈る狆が1頭300円で名古屋で買い上げられる。
    • 大阪落語の笑福亭、桂、月亭の3派が協定を締結して三友派を結成し、対抗する形で桂文枝らが桂派を組織する。
    • 海軍大将の樺山資紀の長男である樺山愛輔が東京から京都間を自転車で走破する。

2月[編集]

  • 2月1日 - 富山県の売薬業者によって、共立富山薬学校が設立され、薬剤師養成の本科と売薬行商人養成の速成科が設置される。
  • 2月4日 - 金沢市の新富座で、女子供の身振り浄瑠璃が興行される。
  • 2月5日 - 東京から神戸の間が18時間から13時間に短縮される。
  • 2月6日 - 神官僧侶衆議院議員選挙に関与することが禁止される。
  • 2月8日 - 京都五条大橋が洋風から元の和風に戻され、渡橋式となる。
  • 2月10日 - 消防組規則が公布され、全国の市町村で消防組の設置が開始。
  • 2月 -
    • 山口八十八が横浜で人造バターの試作に成功するが、あまり売れなかった。
    • 就学年齢が満6歳から満14歳までと規定される。
    • 東京の牛込神楽町で明治唱歌会が開設。
    • 山崎善吉が着色写真画の特許を取得する。
    • 北炭が一般鉱夫と囚人鉱夫の混合使用をやめて、幌内や本沢には囚人、滝ノ沢には一般の鉱夫を使用と改正。
    • 人力車の2人乗りが廃れ、1人乗りを2人で引くことが流行する。

3月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

6月[編集]

7月[編集]

8月[編集]

9月[編集]

10月[編集]

11月[編集]

12月[編集]

世界の出来事[編集]

1月[編集]

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