秋葉原通り魔事件

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秋葉原通り魔事件(あきはばらとおりまじけん、英語:Akihabara massacre)とは、2008年平成20年)6月8日東京都千代田区外神田秋葉原)で発生した通り魔殺傷事件。

概要[編集]

元自動車工場派遣社員の男が盗難車のトラックで横断歩道に突っ込み、その後次々と通行人を刺して逃走。万世橋警察署秋葉原交番に異動になったばかりの警察官が男を追い、切りつけられながらもこれを取り押さえた。最終的に7人が死亡、10人が負傷(重軽傷)した。

事件当日は日曜日で、中央通りは歩行者天国の区域となっていた。この日も多くの買い物客や観光客でごった返しているなかの凶行であり、事件直後に多くの人々が逃げ惑い、また、負傷者が横たわる周囲が血の海になるなど事件現場はさながら戦場の様相を呈しており、まさに白昼の惨劇であった。

事件現場の前にあるソフマップ秋葉原本館は当日午後の営業を取りやめ、現場近くのPCパーツショップなどの店舗も事件発生後、当日の営業を急遽中止・終了した。

2008年8月に開催されたコミックマーケット74では、本事件及び同イベントに対する脅迫があったことから、荷物検査を実施した。

事件現場には献花台が置かれた。秋葉原とあって、花や飲食物の他にフィギュアやおでん缶等、秋葉原と関係の深い物も供えられた。

7月に入り、事件そのものの報道が次第に減少した中、献花台に供えられたタバコや飲食物が持ち去られる事案が、メディアで報道されるようになった。持ち去りは人通りの少なくなった夕方から夜間にかけて行われ、なかには自転車の前籠や紙袋に大量の清涼飲料水やビールを詰め込んで立ち去る者もいた。

この献花台は6月16日以降、交差点の反対側の旧日本通運本社跡の当時ビル建設中側(現:住友不動産秋葉原ビル)に移設されていたが、犠牲者の四十九日にあたる2008年7月27日を過ぎたことを機に、翌7月28日撤去された。その後、移設された献花台付近に、犠牲者のご冥福をお祈りする旨の、怪我をされた人には一日も早い回復を祈る旨書かれた立て看板が、千代田区によって設置された。しばらくして、その看板も撤去された。

事件から1年後の2009年(平成21年)6月7日(日曜日)・8日(月曜日)前後には、一周忌ということもあり、ソフマップ秋葉原本館側の交差点に献花台は設置されなかったものの、多くの人が亡くなった犠牲者に対して献花や飲食物を供えたり、冥福の祈りを捧げる人が訪れたりした。加藤の運転したトラックが停車した場所付近、中央通りの犠牲者が発生した場所付近にも、花や飲食物を供えた人もいた。

献花台に供えられた物品は法的にみて献納者個人の所有物であり千代田区には注意義務があり、それらを持ち去ることはれっきとした窃盗にあたる。万世橋警察署はこうした事例を受け、定期的に保管所へ移動させるなどの処置を行ったが持ち去りは後を絶たず、巡回を強化するなどして対応した。現在は前述の通り献花台は撤去されている。

報道[編集]

主要新聞社は号外を発行し、NHKテレビ(NHK総合テレビジョンNHKのど自慢」)ではニュース速報テロップにて配信し、その後放送中の番組を急遽差し替え、事件現場から生中継を交えてNHK放送センターからニュース専用スタジオにて臨時ニュース放送をした。

また、たまたまその場所に居合わせた日本テレビ関連会社のテレビカメラマンが、加藤を現行犯逮捕する瞬間や加藤をパトカーで護送する瞬間をビデオカメラで撮影し、日本テレビが単独スクープを飛ばした。

NHKと在京民放キー局5局は、事件現場にSNG中継車を出して、事件の様子をENGにて逐一放送局に電送した。また、報道特別番組を随時組んだ。ただし、フジテレビに関しては、GI競走である安田記念と重なったことから、15時から「みんなのケイバ」放送のため、途中での中断があった。

また、新聞各社はこの日が新聞休刊日であったため、記者やカメラマンがハイヤーを使えず、山手線など鉄道等の公共交通機関を使って事件現場へ駆けつけた。事件翌日に朝刊が発行されず、各新聞社では事件の様子を公式サイトのみにてニュース配信せざるを得なかった。なお、駅売りとコンビニ売りの各スポーツ新聞の特報版は通常通り発行されたため、日刊スポーツサンケイスポーツスポーツニッポンが本事件の記事を1面記事とした。一方、スポーツ報知は事件当日読売ジャイアンツが、東京中日スポーツは事件当日中日ドラゴンズが、デイリースポーツは事件当日阪神タイガースがそれぞれ勝利したため1面に掲載できず、終面や別の面に掲載した。

なお、事件現場が秋葉原であったことから、店舗等の防犯カメラや居合わせた一般市民が撮影したカメラなどでの映像が多く、加藤と警察官が対峙する場面の写真撮影や警察官が加藤を押さえつけている動画映像が存在しており、YouTubeニコニコ動画に多数投稿された。一部のマスメディアはこれらの写真や映像を使用した。

裁判[編集]

公判前整理手続において、被害者や目撃者の証人の供述調書などは、弁護人が証拠採用に同意しなかったため、検察は、伝聞証拠禁止の原則に従い、供述証拠については、被害者や目撃者の証人に出廷してもらい、公判にて証言させる必要に迫られた。これは、供述調書により証人尋問を省略できるのは、ごく一部の例外を除いて弁護人の同意がある場合のみであるためである。

2010年(平成22年)2月1日の第2回公判から、同年12月15日の第27回公判までは、被害者や目撃者等の証人尋問を中心に証拠調べが行われた。ナイフで刺した際に右前腕部を切る被害に留まった男性フォークリフト技師(当時28歳)への殺意の有無、被告人を身柄拘束した制服警察官への襲撃について公務執行妨害罪が成立しているか否か、事件当時に完全責任能力があるかについてが主な争点となった。