C寝台

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C寝台(しーしんだい)は、かつて日本国有鉄道1955年から1968年まで存在した寝台車の階級である。1961年までは2等C寝台、それ以降を1等C寝台とした。

概要[編集]

日本の寝台車の登場は1等寝台車から始まり、2等寝台車、3等寝台車と続いた。太平洋戦争後の復活も同じ順番で、等級の高い乗客に寝台車の提供を優先した。しかし、飛行機の高性能化、大型化に伴う航空運賃と国鉄の急行列車の1等寝台車の料金がほぼ同じとなり、1等寝台車の空席が目立った一方、2等寝台車の予約は取りにくく、1955年、従来の1等寝台車を2等寝台車に格下げし、その中で、A、B、Cと分けた。

他の2等寝台車との比較[編集]

2等A寝台車は冷房付の個室で、室内に洗面台がある。従来の1等寝台車である。マロネ40の個室がこれに該当する。2等B寝台車は冷房付の開放室で、やはり従来の1等寝台車である。マロネ40の開放室とマロネ41がこれに該当する。2等C寝台車は従来の2等寝台車で、非冷房の車両である。個室、開放室いずれも該当する。戦前製のマロネ29、マロネフ29、マロネ38[1]、マロネロ38、戦後製のスロネ30がこれに該当する。制度化の翌年にナロハネ10が登場して、これが最後の2等C寝台となった。これ以後登場する2等寝台車(1961年以降は1等寝台車)は2等A寝台車と2等B寝台車のみで、2等C寝台車は作られなかった。既に3等車にさえ冷房車が登場しているのに[2]冷房のない2等C寝台車は明らかに時代遅れの車両となった。

地味な活躍[編集]

1956年東京駅博多駅を結ぶ特別急行列車あさかぜにも2等寝台車マロネフ29が連結された。1958年20系客車の投入によりはやぶさに転用されたがほどなくこれにも20系客車が投入された。電気暖房改造がされない車両も多かったために北陸本線東北本線交流電化区間からの引退も早めた。

制度の廃止[編集]

中途半端な存在となった1等C寝台車は冷房付の1等B寝台車オロネ10ナロネ21の新製と、東海道新幹線開業による東海道本線急行列車の廃止もあって次々と用途を失い、廃車となった。蛍光灯化、洋式トイレ化、室内化粧板の張り替えといった近代化改造を受けたマロネ29もあったが、団体旅行専用列車に組み込まれることが多く、脇役の存在であった。戦前製の車両は1966年のマロネロ38を最後に一部が事業用車となった以外は全車が廃車となり、最も新しいナロハネ10は1965年に1等寝台車の部分が冷房化されて1等B寝台となり、1等C寝台ではなくなった。戦後製のスロネ30は1968年に大きな水タンクを抱えたまま荷物車マニ36に改造されて形式消滅した。こうして、大正時代に制度として産まれた2等寝台車の経歴を持つ1等C寝台車は1968年に廃止された。

1等C寝台車の設備の再来[編集]

1969年日本国有鉄道1872年の開業以来続いてきた等級制度を廃止、1等車をグリーン車、2等車を普通車、1等寝台車をA寝台車、2等寝台車をB寝台車とした。1967年国鉄583系電車が登場していたが、B寝台車の設備は、冷房はもちろんあるほか、その設備は従来の1等C寝台車を上回る水準だった。さらに1974年には国鉄24系客車の2段寝台化である24系25型客車が登場、70cm幅の寝台と2段寝台はかつてのマロネ29と同じ水準となった。さらに1984年に改造によって登場したオハネ14 700は個室寝台として登場、かつてのスロネ30を上回る水準となった。制度としての1等C寝台車は既に過去のものとなったが、設備としてはB寝台車の標準として長く続いた。

その他[編集]

現在ではこのような名前の寝台車があったことを知らない人が多くなったせいか、鉄道の車内で網棚や座席で寝っ転がることを指した俗称として使われることが多い。このような光景が見られるのは主に都市部のロングシート車である。なおこのようなやり方は人に対して迷惑を掛ける物であるので、基本的に非推奨である。

脚注[編集]

  1. 戦前製のマロネ29を輸送力増強のために3等車マハ29に改造した車両を、戦後、マロネ29に復旧せずに4人用個室寝台車に改造した車両。
  2. 国鉄181系電車国鉄20系客車