植民地
(植民地政策から転送)
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植民地(しょくみんち)とは、以下のことをいう。
- 本国からの移住者によって経済的に開発され(植民・移民)、本国に従属する地域のことである。古代ギリシアやローマ帝国によって行われた。
- 本国などから軍隊が送られて武力により強硬に制圧された地域のことを言う。19世紀から20世紀初頭にかけて欧米諸国により植民地争奪戦が繰り広げられた。
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概要[編集]
大航海時代、スペインとポルトガルはその優れた操船術によってアジア、アフリカ、アメリカ大陸に到達し、火縄銃といった優れた武器によって現地民を制圧し過酷な支配を行って富を収奪した。
一方、出遅れたオランダ、イギリス、フランス、更に出遅れたドイツ、ベルギーやイタリアは残された区域を収奪する一方、国家公認の海賊によって他国の船を襲った。19世紀に入り、産業革命によって大量の製品が安く生産されると、それを他国に売却してその国の経済基盤を破壊し、軍事力すらも衰えたその国を支配下に置くようにもなった。
終焉[編集]
第一次世界大戦終結後、ドイツはナミビアなどの植民地を失い、国際連盟によって委任統治制度が作られた。
1960年のイギリス首相による「アフリカ諸地域の独立を阻害しない」発言をきっかけに、独立国が増加。1960年はアフリカの年と呼ばれた。そうした中でポルトガルのアントニオ・サラザール独裁政権は植民地を温存したが、1974年のカーネーション革命で独裁体制を倒して民主化移行した政権が植民地の独立を阻害しないことを決めて、旧体制の名残りだった広大なモザンビーク、アンゴラや東チモールといった植民地が独立を果たした。
一方、軍事上の都合や住民の意向を背景にイギリス領を維持するジブラルタルやフランス領のままのニューカレドニアのような地域もある。