西村京太郎

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西村 京太郎(にしむら きょうたろう、昭和5年(1930年9月6日 - 令和4年(2022年3月3日)は、日本小説家推理作家

プロフィール[編集]

概要[編集]

本名は矢島 喜八郎(やじま きはちろう)。既婚者。

国民学校東京都立電機工業学校中退、東京陸軍幼年学校を経歴て、東京都立電機工業学校に復学して卒業。

在職中から作家を志して臨時人事委員会(現在の人事院)を30歳を目前にして退職し、アルバイトをしながら懸賞小説の応募に励んだという。パン屋の運転手や本の取次店、探偵事務所などで働き、これらの職種で得た経験が後に生かされることになった。

昭和38年(1963年)に「歪んだ朝」でオール読物推理小説新人賞を受賞。昭和40年(1965年)に「天使の傷痕」で江戸川乱歩賞を受賞。昭和53年(1978年)に「寝台特急殺人事件」がベストセラーとなり、列車や旅を題材としたヒット作を以後は量産する。警視庁十津川省三警部が活躍する長寿シリーズはテレビドラマ化され、本人が妻と共にゲスト出演した作品もある。著作は600冊以上で、高額納税者の作家部門で常連になった。以後も多くの受賞をとる一方で、自らの戦前の経験などを触れた自伝も発表している。

平成8年(1996年)に死去した山村美紗とは親交が深く、未完の山村作品を書き継いで完成させてもいる。湯河原町には自身の記念館もある。

死去する25年ほど前に脳溢血で倒れたが、リハビリを続けながら執筆活動を継続し、90歳を超えても制作意欲は衰えていなかった。令和3年(2021年)末頃から体調を崩して入院。令和4年(2022年)3月3日午後5時5分、肝臓癌のため、神奈川県湯河原町の病院で死去。91歳没。葬儀は近親者で行われた。

主な著作[編集]

  • 「黒の記憶」 1961年 - 処女短編。雑誌『宝石』掲載。
  • 『四つの終止符』 1964年 - 初の長編。
  • 『天使の傷痕』 1965年
  • 『D情報機関』 1965年 - 作者自選ベスト。
  • 『太陽と砂』 1967年
  • イレブン殺人事件』 1969年 - 短編集。
  • 『殺しの双曲線』 1971年

名探偵シリーズ[編集]

  • 『名探偵なんか怖くない』 1971年
  • 『名探偵が多すぎる』 1972年
  • 『名探偵も楽じゃない』 1973年
  • 『名探偵に乾杯』 1976年

十津川警部もの[編集]

  • 『消えたタンカー』 1973年 - 初の登場作品。
  • 『寝台特急殺人事件』 1978年 - 代表的作品。
  • 『SLやまぐち号殺人事件』 2022年 - 最後の作品。

ほか多数。

受賞・候補歴[編集]

選考委員歴[編集]

著作[編集]

詳細は「西村京太郎の著作一覧」を参照

メディア・ミックス[編集]

テレビドラマ[編集]

主なドラマシリーズとしては以下のものがある。詳細は各ページを参照。太字は2019年現在放送中のもの。

上記以外のシリーズ作品や、その他の連続・単発ドラマについて詳しくは西村京太郎原作のテレビドラマ参照

映画[編集]

ゲーム[編集]

モバイル[編集]

  • 西村京太郎Vノベル 盗まれた都市(発売元:タイトー
  • DS西村京太郎サスペンス 新探偵シリーズ「京都・熱海・絶海の孤島 殺意の罠」(発売元:テクモ

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

テレビ番組[編集]

インターネット番組[編集]

ラジオ番組[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]