赤穂義士祭

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
Wikipedia-logo.pngウィキペディア赤穂義士祭の項目があります。

赤穂義士祭(あこうぎしさい)とは、兵庫県赤穂市で毎年12月14日[1]に開催される赤穂義士赤穂藩主・浅野氏の偉業を讃える祭りである。義士祭は日本全国各地で行なわれているが、当地の祭りが本祭である。

概要[編集]

元禄14年(1701年3月、赤穂藩主・浅野長矩江戸城松の廊下で高家吉良義央に対して刃傷に及び、長矩は切腹となり、赤穂藩浅野氏は改易となる。一方の吉良は御咎め無しだったことから、長矩の遺臣・大石良雄ら47名は元禄15年(1702年)12月14日に吉良邸に討ち入り、亡き主君の仇を討った。このことは当時から武士の美談として讃えられ、大正時代には赤穂市において大石ら47義士と浅野家の藩主を追慕するため、追慕祭として始められたのが赤穂義士祭の起源である。

現在では赤穂市・商工会議所・観光協会・義士会・自治会などから成立する義士祭奉賛会の主催による全市民による盛大な行事となっている。祭りの当日には義士の討ち入り姿に扮した義士の行列や参勤交代を再現した大名行列などが赤穂市内をねり歩くことになる。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ただし、赤穂義士の討ち入りは旧暦12月14日に行なわれたもので、現在の新暦の場合だと1月30日である。

外部リンク[編集]