パワーエレクトロニクス
パワーエレクトロニクス(ぱわーえれくとろにくす)とは、電力(パワー)の制御にエレクトロニクス技術を使うことである。
概要[編集]
電気工学と電子工学が結びついた電気電子工学である。電力の変換、制御及び電力回路の開閉を半導体デバイスを用いて行う技術とその応用例である。
電力の変換[編集]
電源と、必要とされている電力が異なる場合は電力を変換する必要がある。電力の変換とは、電圧、電流、周波数、位相、位数のうちのどれか、あるいは複数を変えることである。
電源が交流で必要な電力が直流の場合はコンバータ(整流器)で順変換する。また、電源が直流で必要な電力が交流の場合はインバータで逆変換する。コンバータとインバータを組み合わせると、ある周波数の交流から別の周波数の交流に変換されることになるが、昨今は組み合わせをひとまとめにしたサイクロコンバータも開発されている。
スイッチングによる電力変換[編集]
- オン状態-低抵抗で電圧降下をほとんど起こさない。
- オフ状態-高抵抗で電流をほとんど流さない。
沿革[編集]
電子回路素子[編集]
- 1.真空管
かつては電子回路素子として使われたが、構造が複雑なため、小型化しにくいこと、破損しやすいこと、高価なことから、役割のほとんどが半導体デバイスに置き換えられ、特殊な用途にのみ使われている。2極真空管、3極真空管、多極真空管がある。以下、2極真空管について記述する。2極真空管は陰極と陽極があり、陽極を負電位とすると電子は陽極のために反発されて、そこには入り込まないから電流が流れない。陽極に交流電圧を加えた場合には、電流は陽極が正電位になっている半周期だけ管内を一方的に流れるから、いわゆる整流作用を表す。
- 2.半導体デバイス
抵抗率が導体と不導体の中間の物質を半導体という。固体の導体は自由電子を多く持つため電気伝導性があるが、不導体(絶縁体)は自由電子をもたないため電気伝導性にとぼしい。半導体は構造が簡単なためそのほとんどの役割を真空管に取って代わった。
- 真性半導体(純粋半導体)は、低温では伝導性がほとんどないが、温度が高くなると、自由電子に相当する電子が発生し、伝導性を持つようになる。これは一般の導体金属とは逆の性質を持っていることになる。[1]
- 不純物半導体はシリコンやゲルマニウムにごく微量のある種の元素が不純物として入ったものは、そのために伝導性が与えられる。
- 元素の周期表の14族のシリコンやゲルマニウムは原子価が4価の元素で、原子の最も外側の軌道をまわる電子の数は4個である。これらの電子を価電子という。以下、ゲルマニウムを例にとる。
- ①n型半導体
- 純粋なゲルマニウムの結晶中のある原子が、第15族の元素、例えばヒ素の原子と置きかわったとすると、ヒ素の価電子は5個であるから電子が1個余り、これが自由電子と同じ働きをし、電気伝導性を生じる(電子伝導)この電子を過剰電子という。このように第14族のシリコンやゲルマニウムに、ごく微量の第15族の元素が混じったものをn型半導体という。
- ②p型半導体
- 純粋なゲルマニウムの結晶中のある原子が第13族の元素、例えばインジウムの原子と置きかわったとすると、インジウムの価電子は3個で結晶を作るのに必要な電子数が不足し、電子のないところができる。これをホール(または正孔)という。このホールに近くの電子が移ると、その電子の位置が空席、すなわちホールとなる。電子が次々とホールに移動すると、結局ホールが電子の運動と逆向きに移動することになる。電子とホールの変位は逆向きであるから、ホールの運動は正の荷電粒子の運動と同じ働きとなり、電気伝導性の原因となる(ホール伝導)。このように、第14族のシリコンやゲルマニウムにごく微量の第13族の元素が混じったものをp型半導体という[2]。
半導体デバイス[編集]
ダイオード[編集]
元来は2極真空管のことをいったが、現在は半導体ダイオードのことをいう。構造はp型とn型の半導体結晶片を接合し、両端に電極を接続したものである。半導体ダイオードではp型部からn型部へは電流が流れるが、n型部からp型部へは流れにくい。このように、ダイオードは、順方向の電圧のときだけ電流が流れるので、交流を直流に直す回路に使われる。この働きをダイオードの整流作用という。非可制御デバイスであり、いわゆるスイッチング作用はない。
トランジスタ[編集]
電気信号を増幅させる作用があり、3極真空管を置き換えた。3個の不純物半導体を組み合わせたもので、2つのp型半導体の結晶片の間に、薄いn型半導体の結晶片を挟んだ構造のpnp型トランジスタと、2つのn型結晶片の間に、薄いp型結晶片を挟んだ構造のnpn型トランジスタとがある。
サイリスタ[編集]
pn接合を三つ以上持つデバイスの総称で、on - off制御に用いられる。これはnpn構造とpnp構造のトランジスタが接合したものとみなされる。真空管のほとんどはトランジスタに置き換えられたが、現在の構造のトランジスタでは大容量のものは作れない。
しかし、pnpn構造をもったサイリスタでは、電圧で1500V、電流数百A程度のものが作られて数多く用いられ、パワーエレクトロニクスの分野が開拓され、放送送信所などで真空管の置き換えも進んだ。
また、継電器(リレー)の代替品であるソリッドステートリレーの用途にも用いられる。
- ①.逆阻止3端子サイリスタ(オフ→オン)
- pnpn4層構造で3端子を持つデバイスである。単にサイリスタと呼ぶことが多い。これはオン機能可制御タイプのスイッチ、すなわちオフ状態からオン状態への移行は制御できるが、オン状態からオフ状態へはゲートでは制御できず、この移行は主回路状態によって支配されるデバイスである。直流では別回路が必要になるので最近は使用されなくなったが、交流では電流の向きが絶えず逆向きになる関係で回路上でもオン→オフ出来るので現在も使われている。
- ②.GTOサイリスタ(オン↔オフ)
- ゲートターンオフサイリスタの略である。オンオフ機能可制御タイプのスイッチ、すなわちオフ状態からオン状態へ制御できるとともに、オン状態からオフ状態へも制御できるデバイスである。逆阻止3端子サイリスタに取って代わったが、モーター音が大きくなること、熱を発生させること、回路が複雑になることからIGBTに取って代わられた。
- ③.GCTサイリスタ
- ゲートコミューテッドターンオフサイリスタの略である。基本構造はGTOサイリスタと同様で、集積型としたIGCTサイリスタも存在する。同時期に開発されていたIGBTの影響もあり、日本の鉄道車両では採用例がない。
パワートランジスタ[編集]
- ①.バイポーラパワートランジスタ(オン↔オフ)
- 単にパワートランジスタと称されることもある。本来、トランジスタは増幅機能を目指した半導体デバイスだが、ベース電流の制御でスイッチングの機能を持ち、パワーエレクトロニクスではオンオフ制御可能なタイプのデバイスとなる。
- ②.パワーMOSFET
- パワー電界効果トランジスタのこと。スイッチングの速度が速いが、オン抵抗が大きい。
- ③.IGBT
- 絶縁ゲートバイポーラトランジスタのこと。バイポーラパワートランジスタとパワーMOSFETの長所を持ったパワートランジスタである。
使用例[編集]
電車の制御[編集]
抵抗制御で直流電動機を駆動する電車は構造が簡単で、19世紀から1960年代まで採用されていた。しかし、直流電動機はブラシなどの消耗品があったり、地上の交直変換の変電所も必要で、保守に手間がかかるため、交流電動機を使うのが理想の方法とされ、その中で三相交流電動機がもっとも直流電動機に特性が似ており、電車に使うのに適していた。交流電動機を使う方法として、1900年前後の草創期には架線を複数張ったり、低電圧や低周波数の電力の使用や回転変流機を使用する交流電化方法が模索されたが、抵抗制御と直流電動機を凌駕することは難しかった。
一方、抵抗制御でも、電力の節約のために、流れる電流が熱として捨てられた抵抗器を使わない方式を採用することになった。サイリスタのようなパワー半導体デバイスが実用化されると抵抗器を機械的に切り替えず、半導体スイッチが入ったサイリスタ位相制御で直流電動機を駆動する国鉄711系電車が登場した。これは北海道での使用に際し、雪が抵抗器の機械的接点に入って支障が出ないよう、雪切室を設けるとともに行った耐寒耐雪装備である[3]。1960年代後半からは直流電車としてチョッパ回路による高周波でのオンオフ制御による電圧制御が出来るシステムが開発された。これにより制動時に電気エネルギーを架線を介して近くの電車に使ってもらうこと(電力回生)ができ、電力の節約になったものの、単純な抵抗制御に取って変わるものでは無く、むしろ、力行時の抵抗制御を残した界磁添加励磁制御といった方法で制動時のエネルギー回生の向上が図られた。
他方、電力変換の世界では直流を交流に変換するインバーターに適した電力変換素子がなかなか現れなかったが、1980年代後半からはGTOサイリスタで回路を高速でオンオフして三相交流を生み出すシステムが開発され、これをVVVF制御に用いることで、鉄道車両の世界でようやく接触部分の少ない交流電動機の使用が普及し、大手事業者では直流電動機使用の車両の新造を止めるまでに至った。さらに、2000年代後半からはさらに高性能な半導体素子であるパワートランジスタ、IGBTにとって代わった。
自然エネルギー発電[編集]
風力発電、太陽光発電といった自然エネルギー発電は化石燃料を消費しない発電として注目を集めているが、天候に左右され、安定したエネルギーを得られないという短所がある。そこで、電機子チョッパ、インバータ制御によって不安定な電圧を一定にする技術が開発されている。
関連項目[編集]
参考文献[編集]
- 堀孝正『パワーエレクトロニクス』オーム社出版局2002年2月25日第1版第7刷発行
- 酒井善雄『電気電子工学概論』丸善株式会社
- 力武常次、都築嘉弘『チャート式シリーズ新物理ⅠB・Ⅱ』数研出版株式会社新制第11刷1998年4月1日発行