京都所司代

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
Wikipedia-logo.pngウィキペディア京都所司代の項目があります。

京都所司代(きょうとしょしだい)とは、織田政権豊臣政権江戸幕府において存在した役職である。

概要[編集]

織田・豊臣政権の場合は主に京都の治安と行政朝廷の監視、窓口を務めた。織田政権の場合は元亀4年(1573年7月室町幕府の第15代征夷大将軍足利義昭が反乱を起こして織田信長に追放されたため、京都が実質的に織田氏の領土となったため、京都の治安や行政を行う立場になり、信長は家臣の村井貞勝を所司代に任命してその行政を担当させた。貞勝は信長の信任に応えて大いに敏腕を奮ったが、天正10年(1582年6月本能寺の変で信長・信忠父子に殉じて死去したため、織田政権による所司代は消滅した。

信長没後に台頭した羽柴秀吉により京都が支配下に置かれると、桑原貞成杉原家次浅野長政が短期間で所司代を担当し、そして前田玄以石田三成増田長盛が含まれる場合あり)が秀吉が死去する前後まで務めた。秀吉没後は徳川家康が京都伏見城で事実上、政治を見たため、所司代は名目上の物となり、その権限は家康に吸収されていった。

そして慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで家康の覇権が確立すると、家康は所司代に娘婿の奥平信昌を任命し、ここに江戸幕府による京都所司代が誕生した。所司代の基礎は信昌の後を継いだ板倉勝重重宗父子によりほぼ整備・完成した。

江戸幕府の場合は定員1名、官位は侍従に任命され、役目を果たすために知行が1万石加増されるのが通例だった。また所司代の職務も両政権と異なり、これらの上に西国大名の監察、京都諸役人の統率に当たった。江戸幕府で出世するための登竜門的な重職であり、大坂城代奏者番寺社奉行から就任する例が多かった。譜代大名が就任し、退任後は老中あるいは西の丸老中に栄進する例が多かった。京都や西国支配の重要な要であり、与力50騎、同心100人を付属させられた。しかし、幕末に所司代は力を失い、京都守護職にとって代わられて名誉職のような立場になる。そして慶応3年(1867年)12月をもって廃止となった。

織田政権の歴代京都所司代[編集]

  1. 村井貞勝(1573年-1582年)

豊臣政権の歴代京都所司代[編集]

  1. 桑原貞成(1582年-1583年)
  2. 杉原家次(1582年-1583年)
  3. 浅野長政(1582年-1583年)
  4. 前田玄以(1583年-1600年)
  5. 石田三成(1595年?-1600年?)
  6. 増田長盛(1595年?-1600年?)

江戸幕府の歴代京都所司代[編集]

  1. 奥平信昌(1600年-1601年)
  2. 板倉勝重(1601年-1619年)
  3. 板倉重宗(1619年-1654年)
  4. 牧野親成(1654年-1668年)
  5. 板倉重矩(1668年-1670年)
  6. 永井尚庸(1670年-1677年)
  7. 戸田忠昌(1678年-1681年)
  8. 稲葉正往(1681年-1685年)
  9. 土屋政直(1685年-1687年)
  10. 内藤重頼(1687年-1690年)
  11. 松平信興(1690年-1691年)
  12. 小笠原長重(1691年-1697年)
  13. 松平信庸(1697年-1714年)
  14. 水野忠之(1714年-1717年)
  15. 松平忠周(1717年-1724年)
  16. 牧野英成(1724年-1734年)
  17. 土岐頼稔(1734年-1742年)
  18. 牧野貞通(1742年-1749年)
  19. 松平資訓(1749年-1752年)
  20. 酒井忠用(1752年-1756年)
  21. 松平輝高(1756年-1758年)
  22. 井上正経(1758年-1760年)
  23. 阿部正右(1760年-1764年)
  24. 阿部正允(1764年-1768年)
  25. 土井利里(1769年-1777年)
  26. 久世広明(1777年-1781年)
  27. 牧野貞長(1781年ー1784年)
  28. 戸田忠寛(1784年-1789年)
  29. 太田資愛(1789年-1792年)
  30. 堀田正順(1792年-1798年)
  31. 牧野忠精(1798年-1801年)
  32. 土井利厚(1801年-1802年)
  33. 青山忠裕(1802年-1804年)
  34. 稲葉正謖(1804年-1806年)
  35. 阿部正由(1806年-1808年)
  36. 酒井忠進(1808年-1815年)
  37. 大久保忠真(1815年-1818年)
  38. 松平乗寛(1818年-1822年)
  39. 内藤信敦(1823年-1825年)
  40. 松平康任(1825年-1826年)
  41. 水野忠邦(1826年-1828年)
  42. 松平宗発(1828年-1832年)
  43. 太田資始(1832年-1834年)
  44. 松平信順(1834年-1837年)
  45. 土井利位(1837年-1838年)
  46. 間部詮勝(1838年-1840年)
  47. 牧野忠雅(1840年-1843年)
  48. 酒井忠義(1843年-1850年)
  49. 内藤信親(1850年-1851年)
  50. 脇坂安宅(1851年-1857年)
  51. 本多忠民(1857年-1858年)
  52. 酒井忠義(1858年-1862年)
  53. 松平宗秀(1862年)※赴任できず。酒井忠績(1862年5月-9月)が代行。
  54. 牧野忠恭(1862年9月-1863年6月11日)
  55. 稲葉正邦(1863年-1864年)
  56. 松平定敬(1864年-1867年)