東北本線の歴史

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東北本線の歴史では、東北本線の開業、近代化、ダイヤの歴史について解説する。

東北線の開業[編集]

東北本線を建設したのは、日本初の民営鉄道会社(私鉄)の日本鉄道で、1906年(明治39年)11月に鉄道国有法によって官設鉄道となった。
先行開業していた上野駅前橋駅を結ぶ路線(現在の高崎線)から分岐する前提での敷設が計画されており、分岐地としては浦和・大宮[注 1]熊谷の3案があった。
初めは熊谷分岐で、太田、足利、佐野といった両毛地域を通過する案が有力であったが、アメリカ人技師が最短となる大宮案を推したこともあり、結局、分岐駅を大宮に新設し、久喜、古河を経由するルートに決定した。

宮城県内でも、岩切〜小牛田間が山寄りの利府経由で建設された。

開業の歴史[編集]

昭和43年10月1日日本国有鉄道ダイヤ改正[編集]

昭和43年10月1日日本国有鉄道ダイヤ改正での東北本線駅一覧及び時刻表
キロ数 駅名 駅設備/列車番号 121 123 421
0.0 東京駅
1.3 神田駅
2.0 秋葉原駅
3.0 御徒町駅
3.6 上野駅 +赤弁電 0530 1118 2239
8.4 尾久駅 0538 1124 2246
13.2 赤羽駅 0544 1130 2253
24.2 浦和駅
30.3 大宮駅 弁電 0606 1146 2314
35.4 東大宮駅
39.2 蓮田駅 0615 1156 2322
43.5 白岡駅 0621 1202 2328
48.9 久喜駅 0638 1219 2340
57.2 栗橋駅 0646 1227 2348
64.7 古河駅 弁電 0655 1235 2357
69.4 野木駅
73.3 間々田駅 0703 0006
80.6 小山駅 赤洗弁 0711 1249 0014
小山駅 0714 1250 0018
88.1 小金井駅 0722 0026
95.4 石橋駅 0730 0034
101.8 雀宮駅 0738 0041
109.5 宇都宮駅 赤洗弁電 0748 1313 0051
宇都宮駅 0805 1318 0112
115.7 岡本駅 0812 1326 0119
121.2 宝積寺駅 0819 1332 0126
127.1 氏家駅 0825 1345 0149
131.6 蒲須坂駅 0831 1351 0156
135.5 片岡駅 0836 1357 0201
141.8 矢板駅 0850 1404 0215
146.6 野崎駅 0912 1418 0222
151.8 西那須野駅 0925 1425 0230
157.8 東那須野駅 0932 1433 0239
163.3 黒磯駅 赤弁 0940 1441 0247
黒磯駅 0945 1448 0300
167.3 高久駅 0950 1454 0305
171.5 黒田原駅 0956 1501 0311
176.7 豊原駅 1004 1507 0317
182.0 白坂駅 1011 1521 0324
185.4 磐城西郷駅 1016 1526 0328
188.2 白河駅 洗弁 1020 1530 0333
白河駅 1031 1531 0341
192.9 久田野駅 1037 1537 0347
197.4 泉崎駅 1042 1542 0352
203.4 矢吹駅 1049 1549 0400
208.8 鏡石駅 1055 1555 0406
215.1 須賀川駅 1102 1602 0422
221.8 安積永盛駅 1109 1610 0429
226.7 郡山駅 赤洗弁電 1117 1616 0436
郡山駅 1618 0458
232.4 日和田駅 1625 0505
236.9 五百川駅 1631 0511
240.7 本宮駅 1649 0516
246.6 杉田駅 1656 0523
250.3 二本松駅 1703 0529
254.5 安達駅 1708 0534
259.5 松川駅 1714 0540
263.8 金谷川駅 1719 0545
269.4 南福島駅 1726 0552
272.8 福島駅 赤洗弁電 1731 0557
駅設備/列車番号
福島駅 1746 0614
278.8 瀬上駅 1753
281.9 伊達駅 1758
285.9 桑折駅 1804
289.3 藤田駅 1817
294.9 貝田駅 1825
298.6 越河駅 1831
306.8 白石駅 1840
白石駅 1852
311.0 東白石駅
315.3 北白川駅 1901
320.1 大河原駅 1907
323.1 船岡駅 1911
327.7 槻木駅 1924
334.2 岩沼駅 1932
341.4 名取駅 1940
344.1 南仙台駅 1944
347.3 長町駅 1950
351.8 仙台駅 赤洗弁電 1957
駅設備/列車番号 47
仙台駅 0915 2037
355.8 東仙台駅 0921 2043
359.9 岩切駅 0926 2049
362.2 陸前山王駅 0931 2054
365.2 塩釜駅 0937 2059
375.2 松島駅 0948 2109
377.2 愛宕駅 2112
381.6 品井沼駅 0956 2118
386.6 鹿島台駅 1002 2123
391.5 松山町駅 1007 2129
395.3 小牛田駅 洗弁電 1012 2134
小牛田駅発 1025 2156
401.1 田尻駅 1032 2203
407.8 瀬波駅 1041 2219
411.5 梅ケ沢駅 1046 2224
416.2 新田駅 1052 2230
423.5 石越駅 1102 2238
427.0 油島駅 1106 2243
431.2 花泉駅 1112 2248
434.4 清水原駅 1117 2252
437.8 有壁駅 1123 2258
445.1 一ノ関駅 洗弁電 1131 2306
駅設備/列車番号
一ノ関駅 1138
448.0 山ノ目駅 1142
452.3 平泉駅 1147
459.9 前沢駅 1155
465.1 陸中折居駅 1202
470.1 水沢駅 1209
477.7 金ケ崎駅 1217
481.1 六原駅 1238
487.5 北上駅 洗弁 1244
北上駅 1249
492.2 村崎野駅 1255
500.0 花巻駅 洗弁 1302
花巻駅 1307
505.7 二枚橋駅 1315
511.4 石鳥谷駅 1321
516.8 日詰駅 1328
521.5 古館駅 1333
525.1 矢幅駅 1344
529.6 岩手飯岡駅 1350
533.5 仙北町駅 1356
535.3 盛岡駅 赤洗弁電 1401
盛岡駅 1415
540.9 厨川駅 1423
547.5 滝沢駅 1431
551.9 渋民駅 1437
556.6 好摩駅 1442
好摩駅 1447
562.2 岩手川口駅 1454
567.3 沼宮内駅 1503
572.6 御堂駅 1509
579.7 奥中山駅 1520
587.5 小繫駅 1530
595.1 小鳥谷駅 1539
599.8 一戸駅 洗弁 1548
606.1 北福岡駅 1555
609.0 斗米駅 1559
613.7 金田一駅 1605
617.3 目時駅 1610
622.8 三戸駅 1619
626.8 諏訪ノ平駅 1625
632.1 剣吉駅 1632
635.5 苫米地駅 1636
638.3 北高岩駅 1642
643.2 尻内駅 弁電 1648
尻内駅 1705
650.1 陸奥市川駅 1713
654.3 下田駅 1719
659.5 向山駅 1726
664.2 三沢駅 1733
670.8 小河原駅 1740
674.7 上北町駅 1745
681.6 乙供駅 1753
688.2 千曳駅 1800
694.6 野辺地駅 1808
野辺地駅 1817
701.1 狩場沢駅 1825
705.8 清水川駅 1831
711.8 小湊駅 1838
715.6 西平内駅 1844
722.0 浅虫駅 1852
726.9 野内駅 1859
733.4 東青森駅 1908
739.2 青森駅 +赤洗弁電 1920
青森駅  

国有化[編集]

全通した当時、旅客機はまだ登場しておらず、北海道と東京をつなぐ最も速い交通機関は東北本線で青森駅へ行き、そこから青函連絡船に乗り換えるルートであった。
このため、北海道の石炭輸送において重要とされたことや、東海道本線を超える長大路線だったことも重なり1906年公布の鉄道国有法に基づき国有化された。その後、1909年より「東北本線」と呼ばれるようになった(それまでは、日本鉄道奥州線とか、上野-青森間鉄道と呼ばれていた)。

戦前の複線化・電化[編集]

特急運行路線だった東海道・山陽本線に比べると複線化などは立ち遅れ、大正期の1913年に宇都宮以南で複線化されたが、それ以外に戦前に複線化されたのは、貨物や常磐線列車が輻輳した岩沼 - 陸前山王間、浦町 - 青森間のみだった。なお、昭和戦前期に尾久経由の列車線建設や赤羽 - 大宮間で複々線化して客貨線分離を行った。
電化は京浜東北線電車が乗り入れる大宮以南で戦前は終わった。

戦後の近代化[編集]

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東北本線も他線区同様、太平洋戦争での戦時軍需輸送で疲弊し、戦後直後は進駐軍輸送が優先された。その後、1951年の黒沢尻(現・北上)- 村崎野間を皮切りに複線化工事が進んだ。
直流電化1958年に宇都宮、1959年5月に黒磯まで進捗し、同年7月には黒磯 - 白河間が交流電化された。
そしてヨンサントオ改正で上野から青森までの全線が複線電化され、電車特急「はつかり」が登場した。また、通勤五方面作戦により赤羽〜大宮間に緩行線(京浜東北線)が増設され、貨物線、旅客線を含めて3複線化された。

ゴーサントオ改正と特急増発[編集]

1978年ゴーサントオダイヤ改正で「ひばり」、「はつかり」といった各特急列車が大増発され、その一方で急行列車は数を減らした。また、この改正で3往復残っていた上野発着の普通客車列車はすべて廃止され、電車に統一された。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

[編集]

  1. 先行開業時は駅未開業。