奥久慈茶
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奥久慈茶(おくくじちゃ)は、茨城県久慈郡大子町で栽培・販売される日本茶であり、茨城県の地域ブランドでもある[1]。左貫茶ともいわれる。
概要[編集]
茨城三大銘茶のひとつ。
久慈郡北部は砂利混じりの緩やかな傾斜地で、日当たりが良く、茶の生育に好適な環境である。
茶葉に厚みがあって、香りとコクに優れるといわれる。栽培面積119ヘクタール、製茶年間生産量120トン。
一般流通される茶産地としては、新潟県村上市とともに北限と言われる。
歴史[編集]
- 安土桃山時代から江戸時代に移り変わる慶長年間に、左貫の西福寺の宏明、慶松、常庵という3人の僧侶が京都宇治から茶の木の苗を持ってきて、寺の境内に植えたのが起源といわれている。奥久慈は茶の生育には絶好の土地であり、たちまちのうちに特産品となる。
- 江戸時代に奥久慈を支配した水戸藩は藩財政を再建するためにこの茶の生産と販売を強化しようとしている。
- 明治30年(1897年)頃に製茶機械が導入されて以降、奥久慈茶として広く知られていくことになる。
- 1961年(昭和36年)、奥久慈茶業組合が発足し、大子町北部の各集落で栽培・製造される茶のブランド名を統一し、「奥久慈茶」とした[2][3]。
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
外部リンク[編集]
- 奥久慈茶~北限の碧い雫~ 茨城県大子町 - ウェイバックマシン(2020年11月30日アーカイブ分)
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