本因坊秀哉
本因坊 秀哉（ほんいんぼう しゅうさい、1874年（明治7年）6月24日- 1940年（昭和15年）1月18日）は、明治41年本因坊21世を継ぎ、1914年（大正3年）、世襲制では最後の名人となった。2008年日本棋院囲碁殿堂入り。
経歴[編集]
1874年（明治7年）6月24日、東京の芝桜川町に生まれる[1](本因坊自伝では東京の番町とする[2])。名は田村保寿、祖父は肥前国唐津藩・小笠原氏の家臣。赤坂氷川町・神田猿楽町・牛込榎町などに転居しながら育つ。内務省勤務の父・田村保永から囲碁を教わり、8歳で碁を解す。父に同行して、神田猿楽町の碁席小野塚に通う。10歳の時席亭小野塚の勧めで、方円社に入塾、村瀬秀甫に師事した。明治17年（1884年）に母、明治27年（1891年）に父を失う。明治24年（1891年）、方円社から二段格を認定され、石井千治、杉岡栄次郎とともに方円社三小僧と呼ばれた[1]。明治24年（1891年）に方円社を脱退し、秀甫の養子の村瀬彪と「尋人会合所」を開こうとしたが、許可が下りずに頓挫し、方円社を除名された。その後、青年期の放浪時代を過ごす。
金玉均の紹介で19世本因坊秀栄（当時七段）と対局し、三子で3連勝し、四段の免状を授けられる。明治30年（1897年）4月には5段に昇段、明治33年（1900年）に6段、明治38年（1905年）5月に7段に昇段した。明治40年（1907年）、中川千治6段との10番碁を開始する。対局場は上野・鶯谷の「伊香保」。本因坊秀栄亡き後の第1人者を決定する一戦として人気を集めた。第1局2目勝、第2局5目負、第三局中押勝、第4局8目勝で従前の打込み2局を加算し、先二の手合いとなる。11月30日修了後に手合いは中止となる。
明治40年（1907年）、本因坊秀栄は後継を決めずに死去した。坊門では、後継者に実力第一の田村保寿を推す派と、秀栄の遺志を優先して雁金準一を推す派に分かれたが、本因坊秀元が一旦20世本因坊に就いて、1年後に田村に本因坊位を譲ることでこの事態を収拾した。
明治41年（1908年）、34歳で21世本因坊秀哉に就任した。襲名は明治41年（1908年）2月27日。その後、明治43年（1910年）に井上因碩と十番碁を打ち、9局目で先二に打込むなど、すべての棋士達を先二以下に打込んだ。明治44年（1911年）に8段昇段。研究会「月曜会」を主宰する。
1914年（大正3年）3月、41歳の時に名人に推挙され、名実ともに棋界第一人者になる。大正6年（1917年）5月6日、麹町、有楽町の大松園にて名人披露会を開催、参加者は500名に及び、盛会であった。大正8年（1919年）9月27日、段祺瑞の招待で、広瀬平治郎、高部道平らとともに訪中する。11月24日に帰国。
大正13年（1924年）、日本棋院が創設され、中川亀三郎とともに元老に押される。大正15年（1926年）、赤坂溜池に日本棋院が竣工し、落成式に棋士代表として答辞を述べた。大正15年（1926年）9月27日、正力読売新聞の企画で、日本棋院対棋正社の争碁に総帥同士として、雁金準一との一局を読売楼上の一室で打つ。結果は10月18日、254手にて雁金準一の時間切れ負けとなる。1933年から1934年、読売新聞主催の「日本囲碁選手権手合」に優勝した呉清源5段と向先で対戦する。読売新聞の大宣伝と、呉の斬新な布石によって大いに注目を集めたが、秀哉は2目勝ちを収めた。
昭和10年（1935年）11月9日、台湾記念博覧会から招待され、神戸から台湾全島を1ヵ月余にわたり訪問する。昭和13年（1938年）、木谷実との引退碁を打った。この対局で初めて「封じ手」制が採用された。昭和15年（1940年）1月18日、実力制初代本因坊の決定を見ることなく熱海のうろこ屋旅館で病没。巣鴨本妙寺（豊島区）で日本棋院葬が執り行われ、歴代本因坊が眠る同寺に葬られた。
棋風・人物[編集]
- 棋風は力戦に強く、「序盤に策あり」と言われた。
- 木谷実との引退碁の観戦記者は川端康成であった。碁の解説は呉清源六段(当時)が担当した。
- 巣鴨本妙寺に歴代本因坊の墓があり、本因坊秀哉の墓を中心にして、本因坊道策・本因坊道知・跡目本因坊道的・本因坊察元・本因坊元丈・本因坊丈和・跡目本因坊秀策の墓がある。
- 世襲制では8人目の名人である。
日本棋院[編集]
- 大正初期に、本因坊門、方円社等各派合同機運が生まれ、1923年1月21日には本因坊家と方円社が合同して、丸ビル7階（方円社新会館）で中央棋院発会式を行うも、4月にふたたび分裂した。しかし関東大震災で各派は大きな打撃を受け、碁界大合同の機運が盛り上がり、1924年7月17日、日本棋院が設立された。参加棋士は38名であった。秀哉は棋院最上位者として定式手合（大手合）に出場する。
- 雁金準一らは日本棋院を脱退し、同年10月25日に棋正社を設立する。両者は読売新聞の正力松太郎社長仲介のもと、「大正大争棋」と銘打った大規模な対抗戦を開始する。大正15年（1926年）に行われたその初戦で、秀哉は雁金準一との主将決戦に臨んだ。激しいねじり合い勝負の末に勝利し、不敗名人の名を高めた。読売新聞の発売部数が一挙の三倍になったと言われる。
- 日本棋院最優秀棋士に贈られる秀哉賞（昭和38年（1963年）創設）が創設されている。
- 命日の1月18日は秀哉忌として、毎年、その時々の本因坊位保持者や関係者による法要が行われている[3]。
田村・雁金の八百長疑惑[編集]
1905年（明治38年）、矢野晃南が本因坊秀栄に弟子の田村保寿・雁金準一戦の講評を頼んだところ、八百長であることが判明したという。本因坊秀栄がその碁譜を調べると黒の一目勝ちであるのに、最後は持碁になっている。秀栄が雁金を呼んで問いただしたところ、田村から7段昇段の披露会を前にして負け碁が新聞に載るのは困るので、中押碁を持碁に作り替えてほしいと頼まれて、一旦は断ったが、親戚まで連れてきて頼んだため、断り切れなかったという。「さりとは卑劣きわまる田村保寿」と本因坊秀栄は怒ったという。このようなこともあって、次代の第1人者の田村保寿に飽き足らず、秀栄は本因坊の跡目を決めることができなかったといわれている[4]。（なお棋界秘話はパブリックドメインである）
川端康成の『名人』[編集]
川端康成の『名人』は第21世本因坊秀哉名人の引退碁の観戦記であり、観戦記は東京日日新聞（現在の毎日新聞）から依頼されて執筆したものである。新聞に観戦記が連載されたのは、昭和13年6月から12月にかけてであったが、小説『名人』は、その観戦記をもとに創作された作品である。昭和26年（1951年）から昭和29年（1954年）にかけて「新潮」や「世界」に分載された『名人』『名人生涯』『名人供養』『名人余香』をもとに、改稿して1冊の『名人』にまとめて完成した。家元制最後の「不敗の名人」といわれた本因坊秀哉を、これほどみごとに捉えた観戦記はほかになく、観戦記の名作といわれる[5]。
門下生[編集]
門下に鹿間千代治、宮坂寀二、蒲原繁治、村田整弘、小岸壮二、林有太郎、福田正義、増淵辰子、村島誼紀、前田陳爾、苅部栄三郎、宮下秀洋、武田博愛らがいる。