中華民国

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台湾(中華民国)の国旗

中華民国(ちゅうかみんこく、中華民國、Republic of china)とは、1912年に建国された共和制国家である。現在は台湾を実効支配している。台湾は「外来人」を意味する。面積は3万6985平方キロメートル。人口2001年の時点で2234万人。主都台北

概要[編集]

国号は「中華民国」であり、公用語での名称は「中華民國」(注音符号:ㄓㄨㄥ ㄏㄨㄚˊ ㄇㄧㄣˊㄍㄨㄛˊ)となる。政治体制は共和制を採用した。国家元首は総統である。

歴史[編集]

15世紀頃から漢民族の移住が始まり、1683年鄭氏政権が降伏した後、の支配下に入る。1885年福建省から分離し、1887年に省に昇格する。1894年からの日清戦争で清が日本に敗北し、1895年下関条約で清は台湾を日本に割譲することになる。

辛亥革命によりが打倒されたことにより1912年に建国される。1916年袁世凱中華帝国の成立を宣言するも、間もなく崩壊し、中華民国へ戻る。また領土の一部が1932年満州国として独立宣言するが1945年に満州国が崩壊することにより再び中華民国に復帰した。また1945年、日本領であった台湾が中華民国に編入される。

国共内戦により中国国民党中国共産党の武力衝突が発生し、中国共産党が中国大陸を実効支配すると中国共産党は中国大陸に「中華人民共和国」を建国する。中国大陸を失った中国国民党は台湾に移転し、中華民国は台湾と周辺諸島と福建省の金門などを実効支配するようになる。以降、大陸の中国共産党による中華人民共和国と台湾の中国国民党による中華民国が正統性を巡って争うことになる。

1971年国連の代表権を失って以降、日本など多くの国と断交するが、経済交流は活発に続けている。中華民国は1987年まで中国国民党の一党独裁体制であったが、戒厳令が解除されたことにより民主化し、現在に至る。

中華人民共和国が掲げる「一つの中国」という政策上、中華民国を承認している国家は17ヵ国しかない。その承認国も地理的には中国から離れており、太平洋の島国などにとどまる。

旅行[編集]

日本からも近いため、それなりに安く旅行できる。日本の植民地時代の近代建築は、本国とは異なる奇抜なデザインのものが多く、なかなか見ごたえがあるらしい。

外交[編集]

日本は台湾を国として認めてないため、外交はないが、経済的な交流は数多くある。台湾には親日(親日派)と呼ばれる人々が多くおり、同様日本人も台湾に好感を持つ人物が大半を占める模様。
一方中国との関係は元々敵同士であるので、至って険悪であり、今でも熾烈な対立が続いている。また、オリンピック委員会初め、大半の機関が台湾を国と認めてない故に、チャイニーズタイペイなどで呼称されている。

統一地方選挙について[編集]

6直轄市を含む全土の22県、市長をはじめ郷、村などの行政区の首長や議員らおよそ1万1000人余り(いずれも任期4年)を選ぶ。総人口およそ2万350人のおよそ7割を占める。

日本での台湾の呼び方[編集]

日本では高山国(こうざんこく)と呼ばれた。これはタカサグンに当てた文字であるという。江戸幕府高砂国の文字が当てられている。なお、豊臣政権も江戸幕府も、台湾はとは別の国家と見なしており、服属を促す書状を出したり、渡航朱印状を発給したりしている。

関連項目[編集]