大塚初重
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大塚 初重(おおつか はつしげ、1926年(大正15年)11月22日 - 2022年(令和4年)7月21日)は、日本の考古学者。明治大学名誉教授。主として弥生時代と古墳時代を研究領域としていた。
経歴[編集]
東京府出身。既婚者で長女あり。
昭和20年(1945年)4月、太平洋戦争において、大日本帝国海軍1等兵曹時に2度、中国の上海に向かうがいずれも乗っていた船がアメリカ軍に撃沈され、これにより神国日本とする皇国史観に疑問を持ったのが、歴史を学ぶ契機になったという。自伝ではこの事件について「1度目の撃沈の際、ワイヤーロープに捕まって助かったが、同様にロープに捕まろうとした人の手を両足で蹴っていた。小説『蜘蛛の糸』の世界だった」と記し、戦争の無残さを訴えている。
昭和21年(1946年)に明治大学に入学し、考古学の道を目指すようになり、博士課程を修了し、昭和43年(1968年)から教授を務めた。学生時の昭和22年(1947年)から始まった登呂遺跡の発掘に参加し、弥生時代の稲作文化を証明し、戦後の考古学の起点にもなった。群馬県高崎市の綿貫観音山古墳で未盗掘の横穴式石室を発掘し、出土した鏡は韓国・武寧王陵の鏡と同じ鋳型で作られた兄弟鏡と判明し、東アジアでの交流を裏付ける発見として注目を集めた。昭和48年(1973年)の茨城県ひたちなか市の虎塚古墳では、横穴式石室で円形模様などの彩色壁画を発見するなど数々の遺跡を調査し、日本の古墳研究をリードした。日本考古学協会会長などを歴任し、平成17年(2005年)に瑞宝中綬章を受章した。
令和4年(2022年)7月21日午後9時56分、肺炎のため、千葉県成田市のみはま成田クリニックで死去した。95歳没。
著書[編集]
- 『弥生時代の考古学』学生社、1973年。
- 『考古学による日本歴史12 芸術・学芸とあそび』雄山閣出版、1998年2月。ISBN 4-639-01497-X
- 『君よ知るや わが考古学人生』学生社、2005年11月。ISBN 4-311-20279-2
- 『考古学から見た日本人』青春出版社<青春新書INTELLIGENCE>、2007年1月。ISBN 4-413-04162-3
- 『邪馬台国をとらえなおす』講談社、2012年4月。ISBN 4-062-88154-3
- 『土の中に日本があった:登呂遺跡から始まった発掘人生』小学館、2013年5月。ISBN 4-096-26323-0
- 『歴史を塗り替えた日本列島発掘史』KADOKAWA/中経出版、2014年12月。ISBN 4-046-00919-5
- 『古代天皇陵の謎を追う』新日本出版社、2015年5月30日。ISBN 4-406-05905-9
共著[編集]
- 大塚・小林三郎・下平秀雄『信濃・長原古墳群―積古塚の調査』長野市教育委員会、1968年。
- 大塚・小林三郎・川上博義『茨城県玉里村舟塚古墳―発掘調査のあらまし』茨城県立美術博物館 舟塚古墳調査団、1971年。
- 大塚・小林三郎・『勝田市馬渡埴輪製作址』勝田市教育委員会、1972年3月。
- 大塚・小林三郎『古墳辞典』東京堂出版、1982年12月。ISBN 4-490-10165-1
- 大塚・小林三郎・熊野正也『日本古墳大辞典』東京堂出版、1989年9月。ISBN 4-490-10260-7
- 大塚・小林三郎・岡内三真・佐原真・石野博信・高橋護『邪馬台国研究-新たな視点』朝日新聞社、1996年5月。ISBN 4-02-219791-9
- 大塚・森浩一・網野善彦監修、大塚・石川日出志・森岡秀人・石野博信・武末純一著『弥生時代の考古学』学生社、1998年9月。ISBN 4-311-40113-2
- 大塚・小林三郎『続日本古墳大辞典』東京堂出版、2002年9月。ISBN 4-490-10599-1
- 大塚・小林三郎『信濃大室積石塚古墳群の研究Ⅱ大室谷支群・大石単位支群の調査』東京堂出版、2006年4月。ISBN 4-490-20583-X
共編著[編集]
対談[編集]
- 大塚・五木寛之『弱き者の生き方』毎日新聞社、2007年6月。ISBN 4-620-31818-3