黒川藩

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黒川藩(くろかわはん)は、江戸時代中期から明治時代初期にかけて越後国に存在したである。藩主家は譜代大名柳沢氏。石高は1万石。藩庁は黒川陣屋。現在の新潟県胎内市(旧北蒲原郡黒川村)に存在した。

概要[編集]

享保9年(1724年)閏4月28日、甲府新田藩主の柳沢経隆が越後国黒川藩に移封されたことで立藩した。経隆は江戸幕府の第5代征夷大将軍徳川綱吉側用人大老として権勢を振るった柳沢吉保の4男である。

黒川陣屋は北国街道に沿った黒川村に設置され、所領はおよそ40村ほどであった。なお、歴代藩主は定府であり、参勤交代は免除されていた。

柳沢氏が8代続いて明治維新を迎え、明治4年(1871年)7月14日、廃藩置県により黒川藩は消滅した。

歴代藩主[編集]

柳沢家

譜代、1万石。

  1. 柳沢経隆(つねたか)〈従五位下・刑部少輔〉
  2. 柳沢里済(さとずみ)〈従五位下・刑部少輔〉
  3. 柳沢里旭(さとあきら)〈不明〉
  4. 柳沢保卓(やすたか)〈従五位下・民部少輔〉
  5. 柳沢信有(のぶとう)〈従五位下・伊勢守〉
  6. 柳沢光被(みつひ)〈従五位下・伊勢守〉
  7. 柳沢光昭(みつてる)〈従五位下・伊勢守〉
  8. 柳沢光邦(みつくに)〈従五位下・刑部少輔〉

幕末の領地[編集]