高橋正則

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高橋 正則(たかはし まさのり、1914年3月10日 - )は、政治評論家、政治学者。

経歴[編集]

山口県阿武郡[1](現・萩市)生まれ[2]。1929年から1931年八幡製鉄所で職夫として勤務した後、上京[3]。1935年明治大学専門部政治経済科卒業[4]。憧れていた緒方竹虎鈴木茂三郎も同様の学歴だったため学部には進まなかった[5]日本工業新聞産業経済新聞同盟通信[6]河北新報記者を経て、新夕刊編集局次長[7]。この間、1940年に大政翼賛会東亜部長・亀井貫一郎の秘書となり、その後、再び新聞記者に戻っている[8]

社会党から1960年1月の民社党の結党に参加、政策審議会嘱託[6]。1960年2月東京政治研究所事務局長[9]。民社党東京都連教宣局長、組織局長、財務委員長、本部政策審議会委員を経て、1972年時点で東京都連顧問[10]。昭和30年代半ばから小竹即一が経営する政経社の主幹を務め、駒澤大学に就職後は顧問となった[11]

中村菊男の推薦で1973年駒澤大学法学部助教授[11][12]。1975年教授となり[13]、学部長も務めた[14]。駒澤大学を定年退職後、堀江湛の推薦で1985~1989年常磐大学人間科学部教授[1][15][16]。亀井貫一郎が主宰する財団法人産業経済研究協会常任理事、財団法人富士社会教育センター評議員・講師も務めた[17]。1987~1995年富士社会教育センター第3代理事長[18]。その後、産業経済研究協会顧問[19]、富士社会教育センター顧問[20]

備考[編集]

  • 学歴は『政党政治の研究』(1981年)では、明治大学専門部政治経済科卒業、日本大学法学部政治経済学科卒業。『改革者』2000年3月号では、戦前明治大学政治経済科卒業、戦後慶應義塾大学法学部卒業[20]。『昭和の巨魁岸信介と日米関係通史』(2000年)には、パシフィック・ウエスタン大学で政治学博士号取得と記載している[21]
  • 1963年4月の東京都議会議員選挙(練馬区選挙区/民社党公認)、1967年1月の第31回衆議院議員総選挙、1969年12月の第32回衆議院議員総選挙、1972年12月の第33回衆議院議員総選挙(いずれも東京都第5区/民社党公認)に立候補したがいずれも落選した。
  • 1911年生まれの同姓同名の政治評論家がおり、両名とも産業経済新聞社同盟通信社の記者を務めている。

著書[編集]

単著[編集]

  • 『大東亜共栄圏の指導理念――意志と力の国民運動で往け』(豊国社、1941年)
  • 『社会党と共産党 その虚像と実像』(社会思潮社、1971年)
  • 『虚像の日本共産党』(富士社会教育センター富士新書]、1972年)
    • 第3版『虚像の日本共産党――民主社会主義と共産主義』(富士社会教育センター[富士選書]、1975年)
  • 『入門マスコミュニケーション史』(高文堂出版社、1974年)
  • 『新聞概論』(高文堂出版社、1975年)
  • 『改訂 新聞概論――マスコミの理論と実際』(高文堂出版社、1977年)
  • 『マスコミ発達史』(高文堂出版社、1978年)
  • 『議会民主制の政治学』(評論社[評論社の教養叢書]、1979年)
  • 『デモクラシーとメディアクラシー――政治とマスコミ』(高文堂出版社[高文堂新書]、1980年)
  • 『政党政治の研究』(高文堂出版社、1981年)
  • 『政治とマスコミ――デモクラシーとメディアクラシー』(高文堂出版社、1981年)
  • 『回想の亀井貫一郎――現実と理想のはざまを生き抜いた歴史の人物 「自分史」との関連で』(富士社会教育センター、1998年)
  • 『回想の亀井貫一郎――激動の昭和史を陰で支えた英傑』(産業経済研究協会、2000年)
  • 『昭和の巨魁岸信介と日米関係通史』(三笠書房、2000年/三笠書房[Ondemand collection]、2003年)
  • 『田中義一――近代日本政軍関係の分水嶺』(草の根國防研究会、2002年)
  • 『回顧九十年――私の同時代史』(富士社会教育センター、2005年)

共著[編集]

  • 『現代日本の政治構造――55年体制の変容と衆参同時選挙の分析』(小林正敏、上條末夫、福岡政行共著、芦書房、1982年)

編著[編集]

  • 西村栄一伝――激動の生涯』(中村菊男共編著、富士社会教育センター、1980年)
  • 『折りふしの言葉――西村栄一語録』(編著、西村栄一述、富士社会教育センター、1990年)

出典[編集]

  1. a b 日外アソシエーツ編『新訂 現代日本人名録 2002 4. ひろーわ』日外アソシエーツ、2002年
  2. 中村菊男、高橋正則編著『西村栄一伝――激動の生涯』富士社会教育センター、1980年
  3. 高橋正則「民社党の大番頭――伊藤卯四郎」『改革者』第65号、1965年8月
  4. 明治大学編『明治大学一覧 : 付・卒業生年度別 昭和12年11月』明治大学、1937年
  5. 高橋正則「あのときあのころ」『かくしん』第197号、1984年7月
  6. a b 昭和38年4月執行 東京都議会議員選挙(練馬区選挙区)選挙広報
  7. 「同盟の衆議院議員推せん候補者」『同盟』第172号、1972年11月
  8. 上條末夫「高橋正則著「回想の亀井貫一郎」」『改革者』第39巻第7号(通巻456号)、1998年7月
  9. 上條末夫「あのとき、あのころ」『かくしん』第159号、1983年11月
  10. 「草の根運動を展開 高橋正則」『革新』第25号、1972年8月
  11. a b 高橋正則「懐旧・小竹即一さんと私」『政経人』第39巻第5号、1992年5月
  12. 高橋正則「新聞は世論を代表し得るか――真実の報道は原則で偏向はいささかも許されない」『政経人』第20巻第10号、1973年10月
  13. 高橋正則「今こそ新聞に公器の自覚を――自らがよって立つ自由・民主の国家体制」『改革者』第185号、1975年8月
  14. 高橋正則「ずいひつ――核軍縮もまずコミュニケーション」『月刊自由民主』第315号、1982年3月
  15. 高橋正則「歴史の一断片を斬った三人の人物」『改革者』第40巻第4号(通巻465号)、1999年4月
  16. 高橋正則「マスコミ批判――新聞報道のあり方」『月刊自由民主』第352号、1985年4月
  17. 高橋正則『新聞概論』高文堂出版社、1975年
  18. 青木久『光と影 第4部』富士社会教育センター、2000年
  19. 高橋正則「メディア・世論・日米同盟」『改革者』第38巻第6号(通巻443号)、1997年6月
  20. a b 高橋正則「自民党と自由党との合同――次期政権の選択をめぐって」『改革者』第41巻第3号(通巻476号)、2000年3月
  21. 昭和の巨魁岸信介と日米関係通史 honto

関連文献[編集]

  • 草の根会編『明日にかける橋――ある民主社会主義者のあゆみ』(社会思潮社、1969年)
  • スコット・C.フラナガン、ブラッドリー・M.リチャードソン『現代日本の政治』(中川融監訳、敬文堂、1980年)※共訳者の1人。