海峡 (列車)
海峡(かいきょう)とは、かつてJR海峡線などで運行されていた快速列車。
概要[編集]
1988年春のJRグループダイヤ改正で待望の青函トンネルが開通し、本州と北海道が鉄路で結ばれた。そしてこれと同時に長年運航されてきた青函連絡船は、青森市民のごく一部が起こした存続運動を押し切って、その役目を終えることとなった。
青函間の特急は「はつかり」2往復とヒルネ利用の「日本海」が函館駅まで延長されることが決まった。青函連絡船が普通乗車券のみで乗船できたため、他の列車の動向が注目されたが、結局、連絡船の代替となる追加料金不要の快速列車として青森駅から函館駅を結ぶ快速「海峡」がデビューすることとなった。
車両は電車化により、暖地、寒冷地問わず各地で余剰となっていた50系客車を改造した専用の50系5000番台が使用された。また、急行「はまなす」の間合いで14系客車も数本使用された。牽引機は全区間ED79が担当した。
登場時は8往復を誇っていた快速海峡だが、青函ブームが終わりを告げたことや航空機の台頭、「ゆにこん」などの高速フェリーの就航によって利用者は減少した。JRは利用促進のためにドラえもんとコラボした「ドラえもん海底列車」を運行したり、カラオケ車やカーペットカーを連結したりしたが利用の改善には至らなかった。このため、両数も7両から4・5両に削減され、「はつかり」への格上げや臨時格下げなどにより1997年には定期6往復となった。
2000年代に入るとスピードアップを図るために海峡を全列車を特急「白鳥・スーパー白鳥」に編入し、2002年(平成14年)12月のJR東日本ダイヤ改正の東北新幹線八戸駅延伸に合わせて廃止され、結果的に50系最後の定期運用となった。
「海峡」廃止後、海峡線に石勝線方式で特急自由席に運賃のみで乗車できる特例が設定されたが、2016年(平成28年)3月の北海道新幹線開通と共に廃止され、連絡船存続運動が開通前にあったにも関わらず、安価な移動ニーズは実質切り捨てられる結果となった。