ラーヤ・ドゥナエフスカヤ

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ラーヤ・ドゥナエフスカヤ英語:Raya Dunayevskaya,1910年5月1日 - 1987年6月9日)は、ロシア系アメリカ人のマルクス主義哲学者、経済学者[1]。本名は Raya Shpigel(ロシア語:Ра́я Шпи́гель)であったが、後に Rae Spiegel に改名した。別名の Freddie Forest でも知られる。アメリカ合衆国におけるマルクス主義ヒューマニズム(Marxist Humanism)の哲学の創始者。かつてレオン・トロツキーの秘書を務めていたが、後にトロツキーと別れ、最終的に「ニュース・通信委員会」(News and Letters Committees)という組織を設立し、亡くなるまでその指導者だった。

経歴[編集]

生い立ち[編集]

ユダヤ系のドゥナエフスカヤは、ロシア帝国(現在のウクライナヴィーンヌィツャ州)で Raya Shpigel として生まれ、アメリカ合衆国に移住し(Rae Spiegel に改名)、幼少期に革命運動に加わった。

トロツキズム[編集]

アメリカ共産党の青年組織で活動していたドゥナエフスカヤは、18歳で組織を追放され、地元の同志たちに対しソ連共産党コミンテルンからの追放に対するトロツキーの応答を知るべきだと提案したとき階段から突き落とされた。翌年、ボストン避妊と合法的な人工妊娠中絶の提唱者である Antoinette Konikow が率いる独立したトロツキスト・グループを見つけた[2]。1930年代、母親の旧姓である Dunayevskaya を採用した[3]

アメリカのトロツキスト組織から許可を得ずに、1937年に亡命中のトロツキーのロシア語秘書として働くためメキシコに渡った[2]

独立[編集]

ドゥナエフスカヤは、父と兄の死後の1938年にシカゴに戻った後、1939年にソ連独ソ不可侵条約の後も「労働者国家」であると主張するトロツキーと関係を断った。彼女は、労働者は世界大戦ナチス・ドイツと同盟したこの「労働者国家」を擁護すべきだといういかなる考えにも反対し、C・L・R・ジェームズや後のトニー・クリフのような理論家と共にソ連が「国家資本主義」になったと主張した。彼女は晩年、「私の本当の発達」はトロツキーとの別れの後に始まったと述べた[4]

彼女のロシア経済とマルクスの初期の著作(後に『経済学・哲学草稿』(1844年)として知られる)の同時研究は、ソ連が「国家資本主義」社会であるだけでなく、その「国家資本主義」が世界の新たな段階であるという理論を導き出した。彼女の初期の分析の多くは、1942年から1943年に The New International に発表された。

労働者党[編集]

1940年、彼女は労働者党(WP)の結成につながった社会主義労働者党(SWP)の分裂に関わり、ソ連を「堕落した労働者国家」だとするトロツキーの規定に異議を申し立てた。WPの中で彼女はC・L・R・ジェームズと共に「ジョンソン‐フォレスト派」と呼ばれる潮流を形成した(ドゥナエフスカヤは "Freddie Forest" 、ジェームスは "J.R. Johnson" という党幹部名だった)。この潮流はソ連を「国家資本主義」であると主張したが、WPの大半はソ連を官僚制集産主義であると主張した。

社会主義労働者党[編集]

WP内の意見の相違は着実に拡大し、この潮流は一連の文書を出版する短期間は独立した存在になった後、1947年にSWPに戻った。彼らのSWPへの加盟は、革命前の状況はすぐそこまで来ているという主張と、来るべき機会を利用するためにはレーニン主義の党がなければならないという信念に基づいていた。

1951年、彼らは自身の見通しが実現しなかったので、レーニン主義を否定し、労働者は自発的に革命的だとする理論を発展させた。これは彼らにとって1949年のアメリカの炭鉱労働者のストライキによって裏付けられた。後年、彼らは特に自動車産業オートメーション資本主義の新たなパラダイムを見るようになった。これはSWPから離れる潮流が再び独立した仕事を始める契機となった。

国家資本主義の理論を発展させて10年以上経った後、ドゥナエフスカヤは「ジョンソン‐フォレスト派」が自身に設定した仕事――ヘーゲル精神現象学の探求――を引き受け、ヘーゲルの弁証法の研究を続けた。1954年に批判理論家のヘルベルト・マルクーゼと数十年にわたる文通を始めた。そこではヘーゲルとマルクスの必然性と自由の弁証法が論争の焦点となった。彼女はそれ自身が理論の形式である実践からの運動と哲学に至る理論からの運動という二重の運動に関与しているヘーゲルの絶対の解釈を進めた。彼女はこれらの1953年の手紙をここからマルクス主義ヒューマニズムの流れが発展した「哲学的な瞬間」とみなした。

ニュース・通信委員会[編集]

1953年にデトロイトに移住し、1984年までここに居住した。1954年から1955年にC・L・R・ジェームズと分かれ、1955年に自分の組織である「ニュース・通信委員会」を設立し、現在も出版されている Marxist-Humanist newspaper と News & Letters を創刊した。この新聞は女性の闘争、労働者の解放、有色人種、ゲイ、レズビアン、バイセクシャル、トランスセクシャルの権利、障害者の権利の運動をカバーし、その報道を哲学的・理論的な記事から切り離していない。組織は2008年から2009年に分裂し、U.S. Marxist-Humanists(後の国際マルクス主義ヒューマニスト機関International Marxist-Humanist Organization))が結成された。

彼女は「革命の三部作」として知られる『マルクス主義と自由――1776年から今日まで』(1958年)、『哲学と革命』(1973年)、『ローザ・ルクセンブルク、女性の解放、マルクスの革命の哲学』(1982年)を執筆した。それに加えて自身で編集した著作集『女性の解放と革命の弁証法』を1985年に出版した。

1987年6月9日、シカゴで死去、享年77歳。晩年は『組織と哲学の弁証法――「党」と自発性から生まれた組織の形態』という暫定的なタイトルを付けた新著の執筆に取り組んでいた[5]

遺産[編集]

ラーヤ・ドゥナエフスカヤの演説、手紙、出版物、ノート、録音、その他の事物は、デトロイトのウェイン州立大学の Walter P. Reuther Library にある。このコレクションのマイクロフィルムのコピーは WSU Archives of Labor and Urban Affairs から利用できる。コレクションへのガイドは「ニュース・通信委員会」から入手できる。

日本との関わり[編集]

日本では Marxism and Freedom: From 1776 Until Today が『疎外と革命』の題で翻訳されている。また「ソ連=国家資本主義」論者の論文集に「ソヴェト社会主義共和国連邦は資本主義社会である」が収録されている。

  • ラーヤ・ドゥナエフスカヤ 『疎外と革命――マルクス主義の再建』 三浦正夫対馬忠行訳、現代思潮社、1964年
  • ラーヤ・ドゥナイェフスカヤ「ソヴェト社会主義共和国連邦は資本主義社会である」、松尾匡訳、大谷禎之介、大西広、山口正之編 『ソ連の「社会主義」とは何だったのか』 大月書店、1996年

澤山保太郎(1944年 - )によれば、澤山が大学の3回生か4回生のとき、中核派はラーヤを日本に招き各地で講演会を開いていた。党中央では岸本健一(陶山健一)が中心になってラーヤを各地に案内していたという。澤山は、左翼全体に「ラーヤを受け入れる人々ープロレタリアの主体性派ともいうべき人々」と「そうでない人々ープロ・スターリン主義的な連中」との流れの対立があると見ている。またラーヤの哲学は梯明秀の哲学と通じるものがあるとしている[6]

書誌[編集]

著書[編集]

  • 革命の三部作
    • Marxism and Freedom: From 1776 Until Today. [1958] 2000. Humanity Books. ISBN 1-57392-819-4.
    • Philosophy and Revolution: from Hegel to Sartre and from Marx to Mao. Third ed. 1989. Columbia University Press. ISBN 0-231-07061-6.
    • Rosa Luxemburg, Women's Liberation, and Marx's Philosophy of Revolution. 1991. University of Illinois Press. ISBN 0-252-01838-9.
  • その他
    • Women’s Liberation and the Dialectics of Revolution: Reaching for the Future. 1996. Wayne State University Press. ISBN 0-8143-2655-2.
    • The Marxist-Humanist Theory of State-Capitalism. 1992. News & Letters Committee. ISBN 0-914441-30-2.
    • The Power of Negativity: Selected Writings on the Dialectic in Hegel and Marx. 2002. Lexington Books. ISBN 0-7391-0266-4.

記事[編集]

  • "The Shock of Recognition and the Philosophic Ambivalence of Lenin". TELOS, No. 5 (Spring 1970). New York: Telos Press.

入門[編集]

  • Frantz Fanon, Soweto & American Black Thought by Lou Turner and John Alan; new introd. by Raya Dunayevskaya. – new expanded edition, Chicago : News and Letters, 1986

アーカイブ[編集]

  • Raya Dunayevskaya Papers Walter P. Reuther Library, Detroit, Michigan. The first portion of the collection exists as organized and donated by Ms. Dunayevskaya and relates to the development of Marxist-Humanism. The second portion was donated after Ms. Dunayevskaya’s death and relates her last writings and unfinished works. Documents range from 1924-1987.
  • Some personal manuscripts, letters and pamphlets are held in the Mitchell Library, Glasgow, as part of the Harry McShane Collection [7].

出典[編集]

  1. 佐々木隆治「訳者解説」、ケヴィン・B・アンダーソン著、明石英人、佐々木隆治、斎藤幸平、隅田聡一郎訳、平子友長監訳『周縁のマルクス――ナショナリズム、エスニシティおよび非西洋社会について』社会評論社、2015年、372頁
  2. 2.0 2.1 Women Building Chicago, p. 239.
  3. Urbane Revolutionary: C. L. R. James and the Struggle for a New Society, Frank Rosengarten, p. 65
  4. Chicago Literary Review, "Marxist-Humanism, an Interview with Raya Dunayevskaya," p. 16.
  5. Many of her writings that were part of the process of work on the projected book are included in Volume XIII of the Supplement to the Raya Dunayevskaya Collection.
  6. 革共同中核派の流れ: News & letters 澤山保太郎の室戸・東洋市民新聞(2013年12月24日)
  7. Raya Dunayevskaya Collection, Mitchell Library, Glasgow”. 2018年4月23日確認。

関連文献[編集]

  • Afary, Janet, "The Contribution of Raya Dunayevskaya, 1910-1987: A Study in Hegelian Marxist Feminism," Extramares (1)1, 1989. pp. 35–55.
  • Anderson, Kevin, chapter 8, From 1954 to Today: "Lefebvre, Colletti, Althusser, and Dunayevskaya," in Lenin, Hegel and Western Marxism: A Critical Study, University of Illinois Press: Urbana, 1995.
  • Anderson, Kevin, "Sources of Marxist-Humanism: Fanon, Kosik, Dunayevskaya," Quarterly Journal of Ideology (10)4, 1986. pp. 15–29.
  • Chicago Literary Review, "Marxist-Humanism, an Interview with Raya Dunayevskaya, Chicago Literary Review, March 15, 1985.
  • Easton, Judith, "Raya Dunayevskaya," Bulletin of the Hegel Society of Great Britain (16), Autumn/Winter 1987. pp. 7–12.
  • Gogol, Eugene, Raya Dunayevskaya: Philosopher of Marxist-Humanism, Wipfandstock Publishers: Eugene, Oregon, 2003. https://web.archive.org/web/20090728210138/http://geocities.com/rayabook/
  • Greeman, Richard, "Raya Dunayevskaya: Thinker, Fighter, Revolutionary," Against the Current, January/February 1988.
  • Hudis, Peter, "Workers as Reason: The Development of a New Relation of Worker and Intellectual in American Marxist-Humanism," Historical Materialism (11)4, pp. 267–293.
  • Jeannot, Thomas M., "Dunayevskaya's Conception of Ultimate Reality and Meaning," Ultimate Reality and Meaning (22)4, December 1999. pp. 276–293.
  • Kellner, Douglas, "A Comment on the Dunayevskaya-Marcuse Dialogue," Quarterly Journal of Ideology (13)4, 1989. p. 29.
  • Le Blanc, Paul, "The Philosophy and Politics of Freedom," Monthly Review (54)8. http://www.monthlyreview.org/0103leblanc.htm
  • Lovato, Brian, Democracy, Dialectics, and Difference: Hegel, Marx, and 21st Century Social Movements, New York: Routledge, 2016.
  • Moon, Terry, "Dunayevskaya, Raya," in Women Building Chicago 1790-1990: A Biographical Dictionary, Bloomington: Indiana University Press, 2001. pp. 238–241.
  • Rich, Adrienne, "Living the Revolution," Women's Review of Books (3)12, September 1986.
  • Rockwell, Russell, "Hegel and Social Theory in Critical Theory and Marxist-Humanism," International Journal of Philosophy (32)1, 2003.
  • Rockwell, Russell, Hegel, Marx, and the Necessity and Freedom Dialectic: Marxist-Humanism and Critical Theory in the United States. Palgrave McMillan. 2018. http://archive.is/rVLzS
  • Schultz, Rima Lunin and Adele Hast, "Introduction," in Women Building Chicago 1790-1990, Bloomington: Indiana University Press, 2001.

外部リンク[編集]