タイ

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タイ(たい、Thai)とは、東南アジアインドシナ半島中部に位置する国家である。チャオプラヤ川(メナム)が南北に貫通する形で流れており、中流や下流では沖積平野を形成している。人口2002年の時点で6133万6000人。面積は51万3115平方キロメートル。首都バンコク。正式な国名はタイ王国Kingdom of Thailand)。タイではムアンタイMuang Thai)と言われている。漢字ではと表記される。タイとは「自由」を意味する。

概要[編集]

1257年スコータイ朝が成立してタイ史上初となる国家統一が成立する。以後、アユタヤ朝1350年ラーマティボディ1世により創始されたのをはじめ、トンブリ朝チャクリ朝と王朝が交代を繰り返しながら時代を経た。この間、東南アジアの河川交通の要衝に位置するのを利用してインド洋中国方面につながる交易ルートを開発して商業国家として発展を遂げ、カンボジア的な風習を受容しヒンドゥー教の伝統にもとづく法体系を公布した。なお、16世紀半ばに王家の滅亡により一時期ビルマの支配下に置かれたこともあるが、同世紀末に現れたナレースワン大王によって独立を回復し、17世紀末には近隣諸国に加えて中国や日本、ヨーロッパとも外交・通商関係を結んで繁栄を極めた。日本においては江戸時代前期に山田長政がアユタヤ朝時代のタイで日本人町を建設したことが、日泰関係の起源であると言われている。

19世紀末期になると東南アジア諸国は欧米列強の植民地にされたが、タイのみは欧米列強の植民地支配から免れて独立を維持した。これは、タイの巧みな外交並びに近代化政策の推進、そしてタイの位置がイギリスフランスの植民地を挟むように位置しており、いわゆる緩衝地帯として存続させ、イギリスとフランスがタイに対して干渉を繰り返しながらも植民地にはする意思が無かった、とされている。

1932年に立憲君主制国家に移行する。1939年に国名をシャムからタイに改めた。

1967年に東南アジア諸国連合(ASEAN)結成に参加し、1980年代後半から高度経済成長が始まるなど繁栄を遂げたが、1997年にタイの通貨であるバーツが暴落してアジア通貨危機が発生し、タイでは社会不安が増大した。

チャオプラヤ川流域は肥沃な穀倉地帯で知られており、の輸出量は世界一を誇っている。

また戒律の厳しい上座部仏教の国家でも知られており、この国の成人男性は生涯に1度は出家して最低3ヶ月間は功徳を積むのが慣習になっている。

外部リンク[編集]

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