齋藤仁

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齋藤 仁(さいとう ひとし、1924年1月1日[1] - 2017年5月27日[2])は、農業経済学者[3]農協研究者[4]

経歴[編集]

仙台市生まれ。1949年東京大学法学部政治学科卒業。学生時代から大内力の指導を受ける。1949年農林中央金庫勤務[5]。1950年から約30年にわたって農林省農業総合研究所(総研)で研究生活を送る[2]。総研北海道支所に5年間勤務し、本所に帰任して北海道支所での研究成果をまとめた『旧北海道拓殖銀行論』(農林省農業総合研究所、1957年)を刊行した。北海道在住中から伊藤俊夫の指導を受ける[5]。1962年「旧北海道拓殖銀行論」で経済学博士(北海道大学[6]。総研農村経済研究室室長[7]、総研調査部長を務めた後[8][9]千葉大学園芸学部園芸経済学科教授となり[10]、10年間教鞭を執る[2]。この間、日本協同組合学会の創立に携わり[2]、第1期副会長(1981年4月-1983年10月)、第2期会長(1983年10月-1985年9月)を務めた[11]。1987年に「自治村落論」を提唱して大きな反響を呼び[4]農協研究や農業経済学に大きな影響を与えた[12]。1989年千葉大学を定年退官[13]東京農業大学生物産業学部教授、初代産業経営学科長[14]。1998年退職[2]。最晩年も精力的に研究活動を続け、2017年5月27日に93歳で亡くなった[12]

著書に農業金融論を土台にした旧北海道拓殖銀行の歴史的研究『旧北海道拓殖銀行論』(農林省農業総合研究所、1957年。『北海道農業金融論』東洋経済新報社、同年)[5]、農業金融の研究者としての評価を高めた『農業金融の構造』(農業総合研究所、1971年。東京大学出版会、同年)[2]、千葉大学定年退官の記念論集で自治村落に関する論稿を中心にまとめた『農業問題の展開と自治村落』(日本経済評論社、1989年)[2][13]、東京農大退職時にこれまでの研究成果を日本農業論、北海道農業論、協同組合組織論の3部構成でまとめた『農業問題の論理』(日本経済評論社、1999年)がある[2]

人物[編集]

農業経済学の大家で[15]自治村落論の提唱者。1987年に日本では近世に自治能力を備えた自治村落が農協の組織的基盤となったとする自治村落論を提唱し、大きな反響を呼んだ[4]。齋藤は自治村落が国家権力との交渉経験によって形成されたとした。西欧・日本・東南アジアを比較し[4]、公権力としての村落共同体の経験を持たなかったことが日本以外のアジア諸国で農協が成立しにくい原因であるとした[16]。齋藤は初期農民運動の範囲を藩政村(近世村)=大字=農業集落と定義したが、坂根嘉弘庄司俊作は3者が統計的に一致していないと批判した(範囲論争)。齋藤は坂根・庄司の批判を受け、「日本の村落とその市場対応機能組織」(大鎌邦雄編著『日本とアジアの農業集落』清文堂出版、2019年)で近世村と大字は必ずしも一致せず、枝村が実質的に近世村として機能した例外もあると自説を修正した[4]戸石七生によると、自治村落論は海外農村の研究者に大きな関心を持たれるようになってきており、また日本中世・近世史の研究者からも国際比較や通史的研究の観点から発展的に継承されるべき議論として注目されている[4]玉真之介は齋藤の自治村落論について「戦後のムラの研究が「封建制から資本主義へ」という進歩主義のパラダイムの下で、ムラを「解体されるべきもの」として扱い、守田志郎などの小農論からの問題提起も学問的には無視される中」で[17]、「もっとも成功したムラ論は、斎藤仁氏の「自治村落論」であった」「小農の生産と生活に果たしているムラの機能に光を当てた斎藤氏の研究は、ムラを「封建的」「前近代的」とする議論のイデオロギー性をあぶり出したのである」と評している[18]長原豊は『農業問題の展開と自治村落』(日本経済評論社、1989年)の書評で「著者の問題意識に刺戟を受けつつ自らの仕事を形成してきた評者にとって、収録された一二編の論文はどれもその時点その時点でのリファレンスの対象であった」と述べている[19]

著書[編集]

特記ない限り斎藤仁と表記。

単著[編集]

  • 『旧北海道拓殖銀行論――北海道における農業金融の展開構造』(農林省農業総合研究所[農業総合研究所刊行物/研究叢書]、1957年)
    • 『北海道農業金融論――旧北海道拓殖銀行を中心とした分析』(東洋経済新報社、1957年)
    • 『旧北海道拓殖銀行論』(日本経済評論社、1999年)*齋藤仁表記。
  • 『農業金融の構造』(農業総合研究所[農業総合研究所刊行物/研究叢書]、1971年)
    • 『農業金融の構造』(東京大学出版会、1971年)*齋藤仁表記。
  • 『農業問題の展開と自治村落』(日本経済評論社、1989年)*齋藤仁表記。
  • 『農業問題の論理』(日本経済評論社、1999年)*齋藤仁表記。

編著[編集]

  • 『アジアの土地制度と農村社会構造Ⅰ』(滝川勉共編著、アジア経済研究所[研究参考資料]、1966年)
  • 『アジアの土地制度と農村社会構造Ⅱ』(滝川勉共編著、アジア経済研究所[研究参考資料]、1966年)
  • 『アジアの土地制度と農村社会構造』(滝川勉共編著、アジア経済研究所[調査研究報告双書]、発売:アジア経済出版会、1968年)
  • 『アジアの農業協同組合』(滝川勉共編著、アジア経済研究所[調査研究報告双書]、発売:アジア経済出版会、1973年)
  • 『アジア土地政策論序説』(編、アジア経済研究所[調査研究報告双書]、発売:アジア経済出版会、1976年)
  • 『マルクス経済学――理論と実証 大内力還暦記念論文集』(日高普大谷瑞郎戸原四郎共編、東京大学出版会、1978年)
  • 『シンポジウム 日本資本主義の展開と産業組合――産業組合運動から農協へ』(編、日本評論社、1979年)
  • 『昭和後期農業問題論集 20 農業協同組合論』(編、農山漁村文化協会、1983年)*齋藤仁表記。
  • 『自治村落の基本構造――「自治村落論」をめぐる座談会記録』(大鎌邦雄、両角和夫共編著、農林統計出版、2015年)*齋藤仁表記。

訳書[編集]

  • ウォルフ・ラデジンスキー著、ワリンスキー編『農業改革――貧困への挑戦』(磯辺俊彦、高橋満共監訳、日本経済評論社、1984年)

監修[編集]

  • 農村組織研究会編『総合討論 むらと農協』(磯辺俊彦、玉城哲共同監修、農林中金調査部研究センター[研究センター研究資料]、1979年/日本経済評論社、1979年)

出典[編集]

  1. 渡辺佐平 、北原道貫編『現代日本産業発達史 第26巻 銀行』現代日本産業発達史研究会、1966年
  2. a b c d e f g h 田畑保「第2期会長 故・齋藤仁先生を偲ぶPDF」『協同組合研究』第38巻第1号、2018年
  3. 戸石七生百姓株式と村落の共済機能の起源――上名栗村古組の村落と小百姓の家PDF」『共済総合研究』第67号、2013年9月
  4. a b c d e f 戸石七生「自治村落論の通史的検討――近代初期農民諸団体の範域と農本主義的社会的分業PDF」『農業経済研究』第89巻第4号、2018年
  5. a b c 斎藤仁『北海道農業金融論――旧北海道拓殖銀行を中心とした分析』東洋経済新報社、1957年
  6. CiNii 博士論文
  7. 滝川勉、斎藤仁編著『アジアの農業協同組合』アジア経済研究所、発売:アジア経済出版会、1973年
  8. 斎藤仁編『アジア土地政策論序説』アジア経済研究所、発売:アジア経済出版会、1976年
  9. 斎藤仁編『シンポジウム 日本資本主義の展開と産業組合――産業組合運動から農協へ』日本評論社、1979年
  10. 滝川勉編『東南アジア農村社会構造の変動』アジア経済研究所、発売:アジア経済出版会、1980年
  11. 日本協同組合学会公式サイト「学会概要/会長挨拶/役員一覧」内の歴代会長・副会長一覧.pdf
  12. a b 戸石七生「日本における小農の成立過程と近世村落の共済機能――「自治村落論」における小農像批判PDF」『共済総合研究』第76号、2018年3月
  13. a b 『農業協同組合経営実務』第45巻第4号(通巻547号)、1990年4月
  14. 小松善雄「オホーツク地域経済再生への取り組み」『研究と報告』No.104、自治労連・地方自治問題研究機構、2013年9月25日
  15. 庄司俊作「近現代村落史研究序論」『社会科学』第86号、2010年2月
  16. 福本勝清「戦後共同体論争に関する一覚書PDF」『明治大学教養論集』第349号、2001年9月
  17. 玉真之介「斎藤「自治村落論」と地域資源経済学PDF」『オホーツク産業経営論』第26巻第1・2合併号、2018年3月
  18. 玉真之介『グローバリゼーションと日本農業の基層構造』筑波書房、2006年
  19. 長原豊「斎藤 仁著, 『農業問題の展開と自治村落』, 日本経済評論社、一九八九年六月、xiv+三七五頁、四九四四円PDF」『社会経済史学』第56巻第4号、1990年

関連項目[編集]

関連文献[編集]

外部リンク[編集]