鈴木隆行

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サッカーボール.jpg 鈴木隆行
選手情報
本名 鈴木隆行
英字表記 Takayuki Suzuki
生年月日 1976年6月5日(45歳)
出身地 日本茨城県
身長 182 cm
体重 75 kg
ポジション フォワード
クラブチーム
1995-2005
1997
1998
1999
2000
2002-2003
2003-2004
2006
2007
2008-2010
2011-2014
2015
鹿島
CFZ
市原
CFZ
川崎
ヘンク
ヒュースデン・ゾルダー
レッドスター
横浜FM
ポートランド
水戸
千葉
代表チーム
2000-2005 日本

鈴木隆行(すずき たかゆき、1976年6月5日 - )は日本サッカー選手。愛称は「師匠」。

特徴[編集]

FIFAワールドカップ-2002の日本対ベルギー戦でゴールを決めたことで有名だが、ワールドカップののち長期にわたってゴールを決められない期間が続き(2002-2003年に公式戦46試合、出場分数にして1790分間ノーゴール。ただし、MFとしてのプレー時間が多く含まれている)、得点力を欠くとの印象からいつしか「DFW」「ノーゴール師匠」というあだ名が定着した。インターネットの某匿名掲示板やブログでは鈴木の事を「ノーゴール師匠」または、「ゴール前にいなくても支障がない→師匠」の意味から否定的なニュアンスで「師匠」という愛称になっている。

リーグ戦ではキャリアを通してもたった57ゴールしかあげていないが、代表ではなぜか11得点記録している強運の持ち主である。こちらの側面を崇めるというニュアンスからも「師匠」と呼ばれることもあるので、褒められているのか貶されているのかひとめ見ただけでは判断つかない。

ファウルをもらう泥臭いプレーや前線での守備が特徴的で、何度ファウルで倒されても立ち上がる強靱さや、球際において決して諦めない姿勢、前線から相手ボールホルダーを執念深くチェイスする勤勉なプレースタイルは特に高く評価されている。その姿勢を支える豊富な運動量は、鹿島時代にトニーニョ・セレーゾ監督に仕込まれた。中盤や、時には最終ラインにまで下がってプレーする事も少なくなかった。そうしたプレースタイルから、得点を決められなくても監督からの信頼を受け起用されることが多い選手であった。

中学時代は攻撃的ミッドフィルダーから最終ラインのディフェンダーまで様々なポジションをこなした。プロになってからはほぼFWでプレーしており、「憧れた選手はいないが、岡崎(慎司)播戸(竜二)のプレーには惹かれるものがある」と、同じように泥臭いプレースタイルを信条とする選手に対するシンパシーをサッカーマガジン誌でのインタビューで述べたことがある。それを象徴するのが、2002年のFIFAワールドカップ初戦ベルギー戦のゴールである。先制されて劣勢の中、小野伸二からのロングフィードを、伸ばした右足つま先で押し込み、ワールドカップ日本初の勝ち点獲得に貢献した。同大会においてFW登録で得点を挙げた唯一の日本代表選手となった。2004年のAFCアジアカップにおいても、鈴木の被ファウルから得たフリーキックの好機から、中村俊輔がゴールを狙うという得点パターンは日本の武器であった。

前述のスタイルからも推察されるように、テクニックよりフィジカル面を重視して戦い抜いてきた選手であり、それは本人も認めるところであったが、ヘンクに入団すると監督から基本プレーを重点的に鍛えられた。主に右サイドで使われ日本では見られなかったプレーが生まれ、ファウルを誘うようなプレーだけではなく楔の動きの質や前線でのキープ力にも磨きを掛けている。ゾルダー在籍時には個人技によるドリブルからの中央突破でゴールを挙げた事もあった。

東日本大震災後、引退を撤回して地元水戸ホーリーホックに帰還した男気は有名。

46試合(1790分)連続ノーゴールの足跡[編集]

2002年6月4日: W杯1次リーグ: ベルギー: 先発、後半26分交代: 71: 後半14分1得点

  1. 2002年6月9日: W杯1次リーグ: ロシア: 先発、後半27分交代: 72 ノーゴール
  2. 2002年6月14日: W杯1次リーグ: チュニジア: 先発フル出場: 90 ノーゴール
  3. 2002年6月18日: W杯決勝トーナメント: トルコ: 後半1分途中出場: 44 ノーゴール
  4. 2002年7月13日: J1 1stステージ第8節: 東京ヴェルディ: 先発、後半27分交代: 72 ノーゴール
  5. 2002年8月3日: ベルギースーパーカップ: Brugge: 後半32分途中出場: 13 ノーゴール
  6. 2002年8月13日: UEFACL3次予選: Sparta Praha: 後半30分途中出場: 15 ノーゴール
  7. 2002年8月17日: ベルギーリーグ第2節: R.F.C. Antwerp: 後半31分途中出場: 14 ノーゴール
  8. 2002年8月28日: UEFACL3次予選: Sparta Praha: 後半37分途中出場: 8 ノーゴール
  9. 2002年9月1日: ベルギーリーグ第4節: R.Excelsior Moeskroen: 後半31分途中出場: 14 ノーゴール
  10. 2002年9月11日: ベルギーリーグ第3節: G.B. Antwerpen: 後半42分途中出場: 3 ノーゴール
  11. 2002年9月14日: ベルギーリーグ第5節: K.S.K .Lommel: 後半34分途中出場: 11 ノーゴール
  12. 2002年9月21日: ベルギーリーグ第6節: R.C.S. Charleroi: 後半39分途中出場: 6 ノーゴール
  13. 2002年9月25日: UEFACL1次リーグ: Real Madrid: 後半37分途中出場: 8 ノーゴール
  14. 2002年9月28日: ベルギーリーグ第7節: R.A.A.La Louviere: 先発、後半22分交代: 67 ノーゴール
  15. 2002年10月5日: ベルギーリーグ第8節: R.S.C. Anderlecht: 後半ロスタイム途中出場: 0 ノーゴール
  16. 2002年10月16日: キリンチャレンジカップ: ジャマイカ: 先発フル出場: 90 ノーゴール
  17. 2002年10月19日: ベルギーリーグ第9節: SK Beveren: 後半32分途中出場: 13 ノーゴール
  18. 2002年10月22日: UEFACL1次リーグ: AS Roma: 後半31分途中出場: 14 ノーゴール
  19. 2002年10月26日: ベルギーリーグ第10節: A.E.C. Bergen: 後半26分途中出場: 19 ノーゴール
  20. 2002年10月31日: UEFACL1次リーグ: AKE Athens: 先発フル出場: 90 ノーゴール
  21. 2002年11月3日: ベルギーリーグ第11節: K.V.C. Westerlo: 後半25分途中出場: 20 ノーゴール
  22. 2002年11月9日: ベルギーリーグ第12節: K.Club Brugge K.V.: 先発フル出場: 90 ノーゴール
  23. 2002年11月12日: UEFACL1次リーグ: Real Madrid: 後半15分途中出場: 30 ノーゴール
  24. 2002年11月16日: ベルギーFAカップ: Biltong: 後半ロスタイム途中出場: 0 ノーゴール
  25. 2002年11月20日: キリンチャレンジカップ: アルゼンチン: 先発、後半10分交代: 55 ノーゴール
  26. 2002年12月14日: ベルギーリーグ第16節: K. ST.-Truidense V.V.: 後半31分途中出場: 14 ノーゴール
  27. 2002年12月18日: ベルギーFAカップ: R.A.A.La Louviere: 後半20分途出場、延長前半2分負傷退場: 27 ノーゴール
  28. 2003年1月19日: ベルギーリーグ第18節: S.N.W. Lokeren: 後半31分途中出場: 14 ノーゴール
  29. 2003年3月8日: ベルギーリーグ第25節: R.S.C. Anderlecht: 後半31分途中出場: 14 ノーゴール
  30. 2003年3月15日: ベルギーリーグ第26節: SK Beveren: 後半44分途中出場: 1 ノーゴール
  31. 2003年3月25日: キリンチャレンジカップ: ウルグアイ: 先発、後半30分交代: 75 ノーゴール
  32. 2003年4月5日: ベルギーリーグ第28節: K.V.C. Westerlo: 後半16分途中出場: 29 ノーゴール
  33. 2003年4月12日: ベルギーリーグ第20節: G.B. Antwerpen: 後半31分途中出場: 14 ノーゴール
  34. 2003年4月19日: ベルギーリーグ第29節: K.Club Brugge K.V: 後半31分途中出場: 14 ノーゴール
  35. 2003年5月18日: ベルギーリーグ第33節: K. ST.-Truidense V.V.: 後半43分途中出場: 2 ノーゴール
  36. 2003年5月31日: 国際親善試合: 大韓民国.: 先発、後半20分交代: 65 ノーゴール
  37. 2003年6月8日: キリンチャレンジカップ: アルゼンチン: 先発、後半20分交代: 65 ノーゴール
  38. 2003年7月5日: J1 1stステージ第11節: ジュビロ磐田: 後半27分途中出場: 18 ノーゴール
  39. 2003年7月12日: J1 1stステージ第12節: 清水エスパルス: 後半9分途中出場: 36 ノーゴール
  40. 2003年7月27日: J1 1stステージ第13節: セレッソ大阪: 後半12分途中出場: 33 ノーゴール
  41. 2003年8月2日: J1 1stステージ第14節: 京都サンガ: 後半21分途中出場: 24 ノーゴール
  42. 2003年8月16日: ベルギーリーグ第2節: R.A.A.La Louviere: 先発フル出場: 90 ノーゴール
  43. 2003年8月22日: ベルギーリーグ第3節: R.F.C. Antwerp: 先発フル出場: 90 ノーゴール
  44. 2003年8月30日: ベルギーリーグ第4節: K.A.A Gent: 先発、後半34分交代: 79 ノーゴール
  45. 2003年9月12日: ベルギーリーグ第5節: K. ST.-Truidense V.V.: 先発フル出場: 90 ノーゴール
  46. 2003年9月20日: ベルギーリーグ第6節: SK Beveren: 先発、後半18分途中出場: 63 ノーゴール

2003年9月26日: ベルギーリーグ第7節: R.S.C. Anderlecht: 先発フル出場: 90: 後半18分 1得点

その他[編集]

柳沢敦とは共にハワイで自主トレをしたり、ディズニーランドへ行ったりするほど仲がいい。鈴木と柳沢がスタメンで日本代表のツートップを組むと負けた事が無かったとして、ファンの中にはこれを日本代表の不敗神話と呼ぶ者もいる。これに対して、自らゴールを量産するタイプではなく決定力に課題があるとされることから、槍玉に挙げられることも多く、評価は分かれている。

鈴木隆行のことをテレビ番組(やべっちFC)で初めて「師匠」と呼んだ人物は小野伸二と言われている。実際は小野のほうがリフティングが上手いが、冗談で自分のリフティングの師匠は鈴木という体で師匠と呼んだ。その際、鈴木本人はもの凄く驚いた表情で困っていた。

クラブチームの統計[編集]

年度 リーグ 試合 得点
鹿島 リーグ
1995 J - 0 0
1996 - 1 0
1997 26 0 0
通算 1 0
CFZ リーグ
1997 21 7
通算 21 7
鹿島 リーグ
1998 J 9 3 1
通算 3 1
市原 リーグ
1998 J 32 7 0
通算 7 0
CFZ リーグ
1999 5 0
通算 5 0
鹿島 リーグ
1999 J1 9 1 0
通算 1 0
川崎 リーグ
2000 J1 8 11 0
通算 11 0
鹿島 リーグ
2000 J1 30 5 2
2001 30 26 6
2002 30 8 0
通算 39 8
ヘンク リーグ
2002/03 1D 30 19 0
通算 19 0
鹿島 リーグ
2003 J1 30 4 0
通算 4 0
ヒュースデン・ゾルダー リーグ
2003/04 1D 30 30 5
通算 30 5
鹿島 リーグ
2004 J1 30 14 5
2005 30 25 3
通算 39 8
レッドスター リーグ
2005/06 SL 19 6 0
2006/07 SL 19 0 0
通算 6 0
横浜FM リーグ
2007 J1 9 3 0
通算 3 0
ポートランド リーグ
2008 USL1 30 26 1
2009 30 27 2
2010 D2PL 30 24 1
通算 77 4
水戸 リーグ
2011 J2 30 20 5
2012 30 36 4
2013 30 37 12
2014 30
通算 93 21
総通算 359 54

代表チームの統計[編集]

日本代表
試合 得点
2001 10 3
2002 13 1
2003 4 0
2004 18 6
2005 10 1
通算 55 11

関連項目[編集]

関連ページ[編集]