佐藤方政

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佐藤 方政
さとう かたまさ
性別 男性
時代 戦国時代から江戸時代前期
生年月日 不詳
死没日 慶長20年(1615年
死因 戦死
肩書き 豊臣氏家臣
国籍 日本国旗.png日本
佐藤秀方

佐藤 方政(さとう かたまさ)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将大名美濃鉈尾山城主(2万石)。

生涯[編集]

織田信長の家臣・佐藤秀方の子で、父に代わり豊臣秀吉に仕えて九州征伐小田原征伐に参加。文禄2年(1593年)、父の隠居により家督を継承して2万石の大名となった[1]

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは信長の嫡孫・秀信に従って西軍に属し、美濃岐阜城に入城。8月22日に東軍池田輝政らと米野の戦いで戦って敗走した。戦後は改易となって牢人。慶長19年(1614年)からの大坂の役大坂城に入城し、翌年の大坂夏の陣において戦死した[1]

脚注[編集]

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注釈[編集]

出典[編集]

  1. a b 渡邊大門「関ヶ原合戦人名事典」P202

参考文献[編集]