戦死

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戦死(せんし)とは、軍人が戦争で命を落とす事。

概要[編集]

戦争では多数の軍人が戦死する事になる。戦死すると英雄扱いされる風潮があるが、肉親にとっては悲惨でしかない。

似たような表現殉職とか殉教などがある。

日本の戦国時代の戦死者の場合[編集]

日本戦国時代の場合、戦死者は勝敗によりその扱いが大きく異なった。

勝者の場合、身分の高い武士の戦死者は遺骸を故郷にまで持ち帰った上で葬儀が盛大に実施され、葬られた。身分の低い足軽クラスでも戦死した土地の付近にある寺院か、塚を建立された上で葬られた。

敗者の場合は悲惨で、高貴な武士でも敗走中にその遺骸を持ち帰るなど不可能で、捨てられる例が多かった。桶狭間の戦いで討ち死にした今川義元などがそれに当たる。ただし、義元の場合は家臣の岡部元信の尽力と織田信長の計らいにより、その遺体は今川氏に返還されている。大抵は首実検を終えると故郷や後継者に送り返される例が多かったようである。そして、身分の低い足軽クラスになると、当時の功績が首の数によって決まるという都合上、勝者側の足軽らに首級を奪われていくようになり、さほど価値のない雑兵でも何もないよりはマシであると持ち帰られる事例が多かった。そして、首を無くした遺体には近くに住む農民らがやって来て、遺体にある鎧や刀、服まで剥がしてそれらを金銭に返還する例が多かったという。つまり、敗軍の兵士は戦場に遺体を野ざらしにされたのであった。ただし、この野ざらしは単なる野ざらしではなく、林薨と見る説がある。林薨とは一種の葬儀である。

また、首実検を終えた首級は首だけを後で供養されるケースも多かった。勝者側が敗者側の首級を集めて塚に葬り、近くの寺から僧侶を呼んで首供養を行なって弔ったという。これは戦死者の慰霊と後々の祟りを恐れてのことであったとされる。

関連項目[編集]

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