アメリカ民主社会主義者
アメリカ民主社会主義者(アメリカみんしゅしゃかいしゅぎしゃ、英語:Democratic Socialists of America、略称:DSA)は、アメリカ合衆国の民主社会主義の政治団体。日本では米国民主社会主義者[1]、アメリカ民主的社会主義者[2]、米国民主的社会主義者[3]、アメリカ民主主義的社会主義者[4][5]、アメリカ民主社会党とも訳される[6][7]。
概要[編集]
アメリカ最大の社会主義組織。内国歳入法第501条C項に基く非営利組織。会員数は1982年の結成時から6,000人程度で推移していたが、2016年大統領選挙の民主党予備選挙に立候補したバーニー・サンダース上院議員の選挙運動への支援を通じて大幅に会員が増加し、2023年時点で8,0000人となった。アメリカの歴史上の社会主義組織と比較すると、1960年代全盛期の「民主社会のための学生」(4,0000人)、1940年代全盛期のアメリカ共産党(75,000人)、1910年代全盛期の世界産業労働組合(60,000人)よりも大きく、1910年代全盛期のアメリカ社会党(115,000人)よりも小さいとされる[8]。2023年時点のDSA以外の社会主義組織もしくは社会主義系の組織には銃の権利擁護団体「Socialist Rifle Association」(約10,000人。ただし名義上のメンバーだとされる)、アメリカ緑の党(8,484人。大半が社会民主主義者だとされる)、世界産業労働組合(6,570人。大半が非社会主義者だとされる)、アメリカ共産党(6,270人)、トロツキズムの「Socialist Alternative」(約1,000人)、マルクス・レーニン主義の「Freedom Road Socialist Organization」(約500人)、その他250の小規模なセクト(約8,500人)がある[8]。
規約では「私たちが社会主義者であるのは、私的利潤に基づく経済秩序、疎外された労働、富と権力の著しい不平等、人種、性自認、性的指向、障害の有無、年齢、宗教、国籍に基づく差別、現状を守るための残虐行為と暴力を否定しているからです。私たちが社会主義者であるのは、資源と生産の民衆統制、経済計画、公平な分配、フェミニズム、人種平等、非抑圧的な人間関係に基づく人間的な社会秩序のビジョンを共有しているからです」と述べている[9]。公式サイトでは「資本主義は資本家階級が自分たちの利益のため、他の人々から搾取するために設計されたシステムです。私たちは資本主義を民主社会主義、普通の人々が職場や地域、社会で本当の声を持つシステムに置き換えなければなりません。私たちは社会主義への民主的な道につながる多様な手段があると信じています。私たちのビジョンは歴史的な社会民主主義をより推し進め、権威主義的な社会主義のビジョンを歴史のゴミ箱に捨て去ります」と述べており[10]、1960年代のニュー・レフトにつながる参加民主主義[11]、分権型社会主義の立場をとっている[12]。また「民主社会主義を完全に確立した国はないが、他国の社会主義政党や労働運動は国民のために多くの勝利を勝ち取ってきた」とし、スウェーデンの包括的な福祉国家、カナダの国民健康保険制度、フランスの全国的な保育プログラム、ニカラグアの識字率向上プログラムから学ぶべきことがあるとしている[12]。
直接行動から選挙運動、立法まで様々な手段で刑務所と警察の廃止、労働運動の強化、インフラの社会的所有と民主的管理、リプロダクティブ・ジャスティス、グリーン・ニューディール、単一支払者制度の国民健康保険の創設、公営住宅・借家人組合の推進、パレスチナ解放などの活動に取り組んでいる[10][13][14]。政党ではなく政治組織・活動家組織を自認しており、二大政党制の下で第三党の活動は不利であるため、議会政治においては主として民主党で活動している[12]。
歴史[編集]
1982年に民主社会主義者組織委員会(DSOC)とニューアメリカ運動(NAM)が合併してアメリカ民主社会主義者(DSA)を結成した。DSOCはアメリカ社会党(SPA)分裂後の1973年に中間派が結成した組織、NAMは1971年に「民主社会のための学生」(SDS)や社会主義フェミニストの活動家が結成した組織であり、両者が合流したDSAは旧左翼と新左翼の双方の流れを汲む。
SPAは70年代初頭までに新左翼や民主党、ベトナム戦争をめぐって内部対立が起き、1972年11月の大統領選挙をめぐって3分裂した。1972年12月に主流派の右派はSPAからアメリカ合衆国社会民主主義者(SDUSA)に改称した。1973年5月に最左派・最小数派はアメリカ合衆国社会党(SPUSA)を結成し、独立して選挙運動を続けた。SDUSAにもSPUSAにも参加しなかったマイケル・ハリントンらは1973年10月にDSOCを結成した[15]。ハリントンは二大政党制の下で第三党の活動は現実的ではないと考え、労働組合員だけでなく中産階級や反戦活動家、民主党のマクガヴァン派との連合を構築しようとした。DSOCは議会政治において民主党を支持した。SDUSAとDSOCは社会主義インターナショナルに加盟した。
NAM指導部はDSOC指導部の左翼反共主義を受け入れることができず、逆にDSOC指導部の大半はNAM指導部の一部が権威主義的な共産主義に親和的であることを理解できなかった[16]。しかし、両者の大半のメンバーはあらゆる権威主義体制に原則的に反対すること、パレスチナを支持し、イスラエルの占領地からの撤退、アメリカのイスラエルへの軍事援助の中止を求めることについては一致していた[16]。DSOCの若手活動家はNAMが草の根運動や社会主義フェミニズムを強調していることを評価し、NAMに70年代半ばに参加した元共産主義者たちはDSOCが非社会主義者との連合を強調することを評価した[16]。1982年3月にDSOCとNAMは合併し、DSAを結成した。マイケル・ハリントンと作家のバーバラ・エーレンライクが共同議長に選出された。会員はDSOC出身者が約5000人、NAM出身者が約1000人だった。結成時の会員には元アメリカ共産党員のドロシー・レイ・ヒーリー、社会学者のスタンレー・アロノヴィッツ、歴史学者のマニング・マラブルらがいた。
1983年までに会員は8,000人に達し、90年代初頭までこの人数を超えなかった。90年代初頭から半ばのダイレクトメールキャンペーンで7,000人から10,000人に増加したが、2012年時点では60歳以上が中心で6,500人だった[16]。しかし、2016年大統領選挙の民主党予備選挙に立候補したバーニー・サンダース上院議員の選挙運動への支援を通じて大幅に会員が増加した。続いてドナルド・トランプの大統領選勝利、2018年のDSA会員のアレクサンドリア・オカシオ=コルテスの下院議員選挙、COVID-19パンデミックで会員が増加した。2016年7月の選挙日時点で8,500人[16]、2016年11月時点で10,000人[11]、2017年7月時点で24,000人[16]、2017年11月時点で32,000人[17]、2018年9月時点で50,000人[18]、2019年11月時点で57,000人となった[11]。DSAによると、2016年11月9日から2017年7月1日までに18歳から35歳までの13,000人以上が会員となった[16]。『ザ・ニューヨーカー』編集スタッフのアンナ・ヘイワードによると、2016年11月から2017年12月までに約24,000人が会員となり、その内の70~80%(約16,800~19,200人)は35歳未満だった。会員年齢の中央値は2013年の68歳から33歳にまで下がった[17]。
2017年に全米13の州で15名のDSA会員が議員選挙に当選し、DSA会員の議員は35名となった[19]。2018年にDSA会員で民主党員のアレクサンドリア・オカシオ=コルテスとラシダ・タリーブが下院議員選挙に当選した。オカシオ=コルテスは史上最年少の女性連邦議員、タリーブはイルハン・オマルとともにムスリム女性初の連邦議員となった。
1982年の結成時から社会主義インターナショナル(SI)に加盟していたが、2017年8月のDSA全国大会でSIが新自由主義政策に加担しており、SIとの提携がSI加盟組織に批判的な政党や社会運動との協力を妨げているとして、SIからの脱退を決議した[20]。2023年にプログレッシブ・インターナショナル(PI)に加盟した[21]。
組織[編集]
- 会員:会員資格は基本的に会費を納入すれば取得できる。会費の種類には単年度会員(20~200$)、年間定期会員(年20~200$)、月次会員(月5~50$)、収入に応じた月次の連帯会費(月収の1%、2%、3%)がある[22]。会員は基本的に居住する地域の支部会員となるが[9]、支部のない地域では支部に属さない特別会員もいる[23]。2024年3月時点で206の支部と組織委員会がある[24]。NPCが支部を承認し、支部は規模に応じて一定数の大会代議員を選出する[23]。
- 全国大会:組織の最高意思決定機関。隔年で開催し、大会から次の大会までの間の最高意思決定機関である全国政治委員会(NPC)を選出する[9]。
- 全国政治委員会(NPC):DSAの理事会として機能し[23]、全国大会で選出された16名と青年部の代表1名から構成される。選出されたメンバーの内、シスジェンダーの男性は8名以下、マイノリティの人種・民族を自認するメンバーは少なくとも5名と規約で定めている。NPCは運営委員会(SU)を選出する。SUはNPCが選出した5名と青年部の代表から構成される。その内、男性は3名以下、有色人種のメンバーは少なくとも1名と規約で定めている。ナショナル・ディレクターと青年部オーガナイザーも投票権のない職権上のメンバーとしてSUに参加する[9]。
- 役員:NPCの理事、書記、会計。全国大会は1名の議長または2名の全国共同議長を選出する[9]。
- スタッフ:DSAの事務所はニューヨークに置かれている[23]。NPCは1名または2名のナショナル・ディレクターを採用・監督する。ナショナル・ディレクターはNPCの承認を得てナショナル・スタッフを採用できる[9]。
- 作業部会、委員会:特定のアイデンティティや問題別に組織され、NPCの承認を得た自律的なグループ。「国際委員会」「住宅正義委員会」「クィア社会主義者作業部会」「アフロ社会主義者と有色人種社会主義者のコーカス」など12の作業部会と「デザイン委員会」「政治教育委員会」「技術委員会」の3つの作業委員会がある[23][25][13]。
- プライオリティ委員会:「全国労働委員会」「グリーン・ニューディール・キャンペーン委員会」「全国選挙管理委員会」の3つのプライオリティ委員会がある。NPCがプライオリティを決定し、運営委員を任命している[23][25]。
- 機関誌:『Democratic left』(民主的左派)と『Socialist Forum』(社会主義者フォーラム)。NPCが編集委員を任命している[23]。
- 青年部:アメリカ青年民主社会主義者(YDSA)。国際社会主義青年同盟(IUSY)に加盟している。
- コーカス:DSAの内部にはリベラル派から社会民主主義者、宗教社会主義者、共産主義者、アナキストまで様々なイデオロギーの会員がおり[26][27][28]、コーカスと呼ばれる非公式の派閥を形成している。左派のコーカスには「Anti-Zionist Slate」、「Bread and Roses」(マルクス主義)、「Constellation Caucus」(YDSA内のコーカス)、「Communist Caucus」(左翼共産主義)、「Libertarian Socialist Caucus」(リバタリアン社会主義)、「Marxist Unity Group」(マルクス主義)、「Red Star」(革命的マルクス主義、科学的社会主義)、「Reform and Revolution」(トロツキズム)、「Emerge」(マルクス主義)、「Tempest Collective」(マルクス主義)がある。右派のコーカスには「Groundwork Slate」(エコ社会主義)、「Socialist Majority Caucus」(社会改良主義)、「North Star」(進歩主義、リベラル)がある[13]。規約細則で民主集中制の組織の統制下にある会員は除名されるとしているが、トロツキズム組織の「Socialist Alternative」や「Socialist Revolution」の党員がDSAに参加している[13][29]。
著名な会員[編集]
- ドロシー・レイ・ヒーリー(1914-2006) - アメリカ共産党員(1973年離党)、ニューアメリカ運動(NAM)メンバー、DSA副議長(1982-?)。
- マイケル・ハリントン(1928-1989) - アメリカ社会党(SPA)全国議長、民主社会主義者組織委員会(DSOC)議長、DSA共同議長(1982-1989)。
- エドワード・アズナー(1929-2021) - 俳優。
- スタンレー・アロノヴィッツ(1933-2021) - 社会学者。
- ジョン・スウィーニー(1934-2021) - 北米サービス労働組合(SEIU)会長、アメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)会長(1995-2009)。
- グロリア・スタイネム(1934-) - フェミニスト。DSOCメンバー。
- バーバラ・エーレンライク(1941-2022) - 作家、活動家。DSA議長(1982-?)、のち共同名誉議長。
- マニング・マラブル(1950-2011) - 歴史学者。NAMメンバー、DSA副議長(1982-?)。1985年脱退。
- コーネル・ウェスト(1953-) - 哲学者。
下院議員[編集]
- ジョン・コンヤーズ(1929-2019) - 任期:1965-2017。
- ロン・デルムス(1935-2018) - 任期:1971-1998。
- デビッド・ボニオール(1945-) - 任期:1977-2013。
- メジャー・オーエンス(1936-2013) - 任期:1983-2007。
- ダニー・デイヴィス(1941-) - 任期:1997-。元DSA会員。
- ラシダ・タリーブ(1976-) - 任期:2018-。
- アレクサンドリア・オカシオ=コルテス(1989-) - 任期:2018-。
- サマー・リー(1987-) - 任期:2019-。2021年にDSA脱退。
- コリ・ブッシュ(1976-) - 任期:2021-。
- ジャマール・ボウマン(1976-) - 任期:2021-。2022年にDSA脱退。
- シュリ・タネダール(1955-) - 任期:2021-。2023年にDSA脱退。
出典[編集]
- ↑ 「ジェネレーション・レフト」 アメリカで、日本で、若い私たちが政治を変える 東京新聞、2022年2月11日
- ↑ アメリカの若者に広がる ソーシャリズム なぜいま社会主義? NHK、2019年10月11日
- ↑ 米 若者が社会主義旋風/格差問い予備選で番狂わせ次々 しんぶん赤旗、2018年9月25日
- ↑ 【米国中間選挙 「トランプ流」に批判広がる/皆保険・教育無償化掲げる候補躍進】 週刊MDS第1544号、2018年9月28日
- ↑ ZHAPを連帯の第一歩に DSA(アメリカ民主主義的社会主義者)国際委員会/ロナルド・ジョセフさんとアンリン・ワンさん 平和と民主主義をめざす全国交歓会、2021年10月3日
- ↑ 浅田信幸「世界の社会民主主義政党研究(2)社会主義インタナショナル――その性格と活動の問題点」『前衛』第568号、1988年10月
- ↑ 田口幸子「友党のなかまたち」『かくしん』第171号、1984年11月
- ↑ a b DSA is the largest US socialist org in 109 years SocDoneLeft、2023年3月21日
- ↑ a b c d e f DSA Constitution & Bylaws DSA
- ↑ a b What is Democratic Socialism? DSA
- ↑ a b c 梅﨑透「なぜアメリカに社会主義はないのか/今あるのか」『立教アメリカン・スタディーズ』42号、2020年
- ↑ a b c What is Democratic Socialism? DSA
- ↑ a b c d BRYCE SPRINGFIELD「An Introduction to the Internal Politics of DSA」The Prog、2023年11月23日
- ↑ DSA Political Platform DSA
- ↑ History|Part Three: Dissent and Division (1968-1973) Socialist Party of the United States of America
- ↑ a b c d e f g History Democratic Socialists of America
- ↑ a b Anna Heyward「In the Year Since Trump’s Victory, Democratic Socialists of America Has Become a Budding Political Force Why tens of thousands of young people are joining DSA.」The Nation、2017年12月1日
- ↑ https://twitter.com/DemSocialists/status/1036383982743695361
- ↑ 15 DSA Members Elected!, 2017 election DSA、2017年11月9日
- ↑ Juan Cruz Ferre「DSA Votes for BDS, Reparations, and Out of the Socialist International」Left Voice、2017年8月5日
- ↑ Announcing: 13 parties, unions and movements join the membership of the Progressive International Progressive International、2023年4月10日
- ↑ join DSA DSA
- ↑ a b c d e f g Leadership and Structure DSA
- ↑ Chapters DSA
- ↑ a b Get involved DSA
- ↑ Joseph M. Schwartz「Coalition Politics and the Fight for Socialism」DSA、2017年6月14日
- ↑ Tre Kwon、Jimena Vergara「The DSA in the Democratic Party Labyrinth」LEFT VOICE、2017年6月19日
- ↑ HOLLY OTTERBEIN「The Kids Are All Red: Socialism Rises Again in the Age of Trump」CITY LIFE、2017年11月18日
- ↑ Why Socialist Alternative Members Are Joining DSA Socialist Alternative
主要参考文献[編集]
- Joseph M. Schwartz「A History of Democratic Socialists of America 1971-2017」DSA National Political Committee、2017年
- バスカー・サンカラ、訳:大竹秀子「我々は闘いの火を消さなかったが、時勢とかみあわなかった アメリカの民主社会主義者たち(PDF)」ル・モンド・ディプロマティーク 英語版2019年6月号
- A・K・アコスタ「DSA(アメリカ民主社会主義者)について」Debacle Path vol.2、2020年
- 梅﨑透「なぜアメリカに社会主義はないのか/今あるのか」『立教アメリカン・スタディーズ』42号、2020年