蓮實重彥

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

蓮實重彦(はすみ しげひこ、1936年4月29日‐ )は、フランス文学者、文藝・映画評論家、作家、東京大学名誉教授・元総長。

人物[編集]

父は日本美術研究者で京都大学教授を務めた蓮實重康。東京生まれ。学習院初等科から高等科をへて、東京大学文学部仏文科卒。学習院では後輩に森村桂がおり、東大では大江健三郎が一学年上にいたが(一つ上で双方浪人している)接触はなかったが、大江が「奇妙な仕事」で東大五月祭賞を受賞した際、蓮實も小説で佳作に入っている。大学院へ進み、山田𣝣の指導を受け、フローベールを専門とする。パリ大学に学び、1965年に日本人では二人目の博士号を取得する(一人目は福井芳男)。帰国後、仏文科助手をへて1970年東大教養学部講師となる。ベルギー人のシャンタルと結婚し、音楽家の蓮實重臣を儲けた。

1977年、筑摩書房の『言語生活』などに掲載したエッセイを集めた『反=日本語論』で読売文学賞を受賞。ついで、当時珍しかったテマティック批評の手法による『夏目漱石論』『大江健三郎論』、志賀直哉安岡章太郎を論じた『「私小説」を読む』などを刊行する。大江自身はこのような論じられ方に不快を感じたとされ、蓮實を嫌っていたという噂もあるが、否定した発言もある。いずれにせよまともに蓮實と話したことはなかった。ほかに、ドゥルーズフーコーといった「ポストモダン」の批評家についての著作もあり、映画についてもテマティック批評を行い、サム・ペキンパーロバート・アルドリッチ小津安二郎などを論じた。1981年に伊丹十三が編集して創刊した『モノンクル』にも寄港していたが、伊丹が監督として作った『お葬式』を評価せず、二人の仲は切れた。四方田犬彦とも、当初は師弟関係にあったが、韓国へ留学したことで蓮實との関係は切れた。映画に関しては、山田宏一山根貞男淀川長治と親しく、第一回ドゥマゴ文学賞の選考委員になった際、山田宏一に授与している。1968年より立教大学で映画表現論を開講し、黒沢清青山真治周防正行万田邦敏塩田明彦などの映画監督を輩出している。東大の映画論のゼミからは中田秀夫豊島圭介といった映画監督を輩出している。

批評家として柄谷行人スガ秀実渡部直己と近い関係にあったが、スガや渡部の蓮實への傾倒は激しく、渡部は時に完全に蓮實を模倣した文章を書いた。1983年に始まったニューアカデミズムのブームで浅田彰とも接点ができたが、これより前に蓮實がドゥルーズの『マゾッホサド』を翻訳した際、浅田は多くの誤訳を指摘した手紙を送っていた。柄谷が中上健次と親しかったこともあり、彼らは一様に同時代の作家として中上を評価した。蓮實は巨漢で、野球を好んだため彼らは「枯木灘」と名づけた野球チームを作っていた。当時「草野進(しん)」という女性のプロ野球評論家が登場し、蓮實やスガは「プロ野球批評宣言」などを行った。草野進は蓮實の変名ではないかと言われたが、実在したらしく、いまだ正体は不明である。

1984年に、小田切秀雄中野孝次が中心となって「文学者の反核声明」を出したが、吉本隆明らは、これはソ連側の反米的な動きだとして批判し、蓮實も独特の揶揄的口調でこれを批判したため、当時彼らは、凡庸な左翼とは違うという位置づけをこうむっていた。蓮實は当時、村上春樹に批判的で、高橋源一郎島田雅彦を評価していたが、その後も評価しているのかは不明である。最近は磯崎憲一郎を評価している。

『表層批評宣言』『物語批判序説』などが、立場を宣言した著作と見なされている。1988年に『凡庸な芸術家の肖像 マクシム・デュ・カン論』という大著を出して芸術選奨文部大臣賞を受賞した。また江藤淳東京ステーションホテルで泊りがけで対談した『オールド・ファッションー普通の会話』を中央公論社から出したが、これが文庫化された際、渡部とスガの対談形式の解説がついたが、これは江藤に対して誹謗するものだった。長編文芸評論『小説から遠く離れて』(1989)では、村上春樹『羊をめぐる冒険』、井上ひさし『吉里吉里人』、村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』などがみな同じ構造をしていると批判し、中上健次だけをほめるという姿勢をとり、江藤淳の『自由と禁忌』と同じことになった。90年に柄谷と浅田を編集委員として『批評空間』が創刊されると、巻頭の「共同討議」に、蓮實はほとんど常に出席していた。

東大では88年に教授になったが、渡邊守章と親しく、表象文化論研究室の創設に尽力し、雑誌『ルプレザンタシオン』を創刊、94年には教養学部長となり、97年には東大総長となった。これには渡邊の政治力が下支えとなっていた。

総長退任後も精力的に仕事を続け、2014年には専門の大著『『ボヴァリー夫人』論』を上梓した。小説としての最初の作は『陥没地帯』だが、これはヌーヴォーロマン風の作品で、第二作は『オペラ・オペラシオネル』である。第三作『伯爵夫人』(2016)で初めて通常の記述による小説を書き、三島由紀夫賞を授与されたが、その受賞記者会見で、きわめて不機嫌な態度をとったため、候補になることは了承したはずだと非難を浴びた。三島由紀夫については評価しておらず、同賞が創設された際、選考委員の大江と中上のほうが優れた作家だと述べていた。海外の映画監督では、ジョン・フォードジャン=リュック・ゴダールジャン・ルノワールドン・シーゲルなど、日本の映画監督では、小津のほか溝口健二成瀬巳喜男濱口竜介などを評価している。また、黒田夏子を、「早稲田文学」の新人賞を一人で選考した際に「abさんご」を選びだし、同作は森敦の記録を破って芥川賞を最年長で受賞した。

立場上、紫綬褒章、芸術院賞、芸術院会員などの賞や地位を辞退しているとしか考えられない。しかし天皇制については、ごく凡庸な、戦前的な天皇制でなければいいという立場のようである(瀬川昌久との対談『アメリカから遠く離れて』)。

筒井康隆とは、『文学部唯野教授』のころ、軽くバカにする関係だったが、2018年に大江について対談をしてからは映画についてなど親しい関係となり、共著も出した。フローベール研究の後輩としては東大教授だった工藤庸子が蓮實崇拝者をやっており、本人もまんざらでもない様子で、工藤の著書を抱擁するなどと書いている。

著書[編集]

単著[編集]

  • 『批評あるいは仮死の祭典』(せりか書房、1974年)
  • 『フーコー・ドゥルーズ・デリダ』(朝日出版社[エピステーメー選書]、1978年/河出文庫、1995年/講談社文芸文庫、2022年)
  • 『反=日本語論』(筑摩書房、1977年/ちくま文庫、1986年/ちくま学芸文庫、2009年)
  • 『夏目漱石論』(青土社、1978年/福武文庫、1988年/講談社文芸文庫、2012年)
  • 『蓮實重彦の映画の神話学』(泰流社、1979年)
    • 『映画の神話学』(ちくま学芸文庫、1996年)
  • 『映像の詩学』(筑摩書房、1979年/ちくま学芸文庫、2002年)
  • 『「私小説」を読む』(中公叢書、1979年/中央公論社、1985年/講談社文芸文庫、2014年)
  • 『シネマの記憶装置』(フィルムアート社、1979年、新装版1985年、新装第2版2018年)
  • 『表層批評宣言』(筑摩書房、1979年/ちくま文庫、1985年)
  • 『大江健三郎論』(青土社、1980年)
  • 『事件の現場――言葉は運動する』(朝日出版社[エピステーメー選書]、1980年)
  • 『フランス語の余白に』(朝日出版社、1981年、復刻2023年)
  • 『小説論=批評論』(青土社、1982年)
    • 『文学批判序説――小説論=批評論』(河出文庫、1995年)
  • 『映画 誘惑のエクリチュール』(冬樹社、1983年/ちくま文庫、1990年)
  • 『監督 小津安二郎』(筑摩書房、1983年/ちくま学芸文庫、1992年)
    • 『監督 小津安二郎 増補決定版』(筑摩書房、2003年/ちくま学芸文庫、2016年)
  • 『物語批判序説』(中央公論社、1985年/中公文庫、1990年/中央公論新社、2009年/講談社文芸文庫、2018年)
  • 『GS file マスカルチャー批評宣言 1 物語の時代』(冬樹社、1985年)
  • 『映画はいかにして死ぬか 横断的映画史の試み』(フィルムアート社、1985年)
  • 『シネマの煽動装置』(話の特集、1985年)[1]
  • 『陥没地帯』(哲学書房、1986年/河出文庫、1995年)[2]
  • 『凡庸さについてお話させていただきます』(中央公論社、1986年)
  • 『映画からの解放――小津安二郎『麦秋』を見る』(河合文化教育研究所[河合ブックレット]、1988年)
  • 『凡庸な芸術家の肖像――マクシム・デュ・カン論』(青土社、1988年/上・下、ちくま学芸文庫、1995年/上・下、講談社文芸文庫、2015年)
  • 『小説から遠く離れて』(日本文芸社、1989年/河出文庫、1994年)
  • 『饗宴(1・2)』(日本文芸社、1990年)
  • 『映画に目が眩んで』(中央公論社、1991年)
  • 『帝国の陰謀』(日本文芸社、1991年/ちくま学芸文庫、2019年)
  • 『ハリウッド映画史講義――翳りの歴史のために』(筑摩書房[リュミエール叢書]、1993年/ちくま学芸文庫、2017年)
  • 『映画巡礼』(マガジンハウス、1993年)
  • 『絶対文藝時評宣言』(河出書房新社、1994年)
  • 『魂の唯物論的な擁護のために』(日本文芸社、1994年)
  • 『オペラ・オペラシオネル』(河出書房新社、1994年)[2]
  • 『映画に目が眩んで 口語篇』(中央公論社、1995年)
  • 『知性のために 新しい思考とそのかたち』(岩波書店、1998年)
  • 『齟齬の誘惑』(東京大学出版会、1999年/講談社学術文庫、2023年)
  • 『映画狂人』シリーズ(全10巻、河出書房新社、2000-2004年)
    • 「映画狂人日記」(2000年)
    • 「映画狂人、神出鬼没」(2000年)
    • 「帰ってきた映画狂人」(2001年)
    • 「映画狂人、語る。」(2001年)
    • 「映画狂人、小津の余白に」(2001年)
    • 「映画狂人シネマ事典」(2001年)
    • 「映画狂人シネマの煽動装置」(2001年)[1]
    • 「映画狂人のあの人に会いたい」(2002年)
    • 「映画狂人万事快調」(2003年)
    • 「映画狂人最後に笑う」(2004年)
  • 『私が大学について知っている二、三の事柄』(東京大学出版会、2001年)
  • 『映画への不実なる誘い 国籍・演出・歴史』(NTT出版、2004年/青土社、2020年)
  • 『スポーツ批評宣言あるいは運動の擁護』(青土社、2004年)
  • 『魅せられて――作家論集』(河出書房新社、2005年)
  • 『ゴダール革命』(筑摩書房[リュミエール叢書]、2005年/ちくま学芸文庫、2023年)
  • 『表象の奈落――フィクションと思考の動体視力』(青土社、2006年)
  • 『「赤」の誘惑――フィクション論序説』(新潮社、2007年)
  • 『映画崩壊前夜』(青土社、2008年)
  • 『映画論講義』(東京大学出版会、2008年)
  • 『ゴダール マネ フーコー――思考と感性とをめぐる断片的な考察』(NTT出版、2008年/青土社、2019年)
  • 『随想』(新潮社、2010年)
  • 『映画時評2009-2011』(講談社、2012年)
  • 『『ボヴァリー夫人』論』(筑摩書房、2014年)
  • 『「ボヴァリー夫人」拾遺』(羽鳥書店、2014年)
  • 『映画時評2012-2014』(講談社、2015年)
  • 『伯爵夫人』(新潮社、2016年/新潮文庫、2019年)
  • 『陥没地帯/オペラ・オペラシオネル』(河出書房新社、2016年)[2]
  • 『言葉はどこからやってくるのか』(青土社、2020年)
  • 『見るレッスン 映画史特別講義』(光文社新書、2020年)
  • 『ショットとは何か』(講談社、2022年)
  • 『ジョン・フォード論』(文藝春秋、2022年)
  • 『ショットとは何か 実践編』(講談社、2024年)
  • 『ショットとは何か 歴史編』(講談社、2024年)

共著[編集]

  • 『フランス』(渡邊守章山口昌男共著、エッソ・スタンダード石油広報部[エナジー対話]、1982年/岩波書店、1983年)
  • 『<批評>のトリアーデ――文学の<内部>と<外部>をめぐる最前線のクリティックを解き明かす 蓮実柄谷中上論収録』(絓秀実渡部直己江中直紀柄谷行人中上健次共著、トレヴィル、発売:リブロポート、1985年)
  • 『オールド・ファッション――普通の会話 東京ステーションホテルにて』(江藤淳共著、中央公論社、1985年/中公文庫、1988年)
    • 『オールド・ファッション――普通の会話』(講談社文芸文庫、2019年)
  • 『映画となると話はどこからでも始まる』(淀川長治山田宏一共著、勁文社、1985年)
  • 『シネマの快楽』(武満徹共著、リブロポート、1986年/河出文庫、2001年)
  • 『闘争のエチカ』(柄谷行人共著、河出書房新社、1988年/河出文庫、1994年)[3]
  • 『映画千夜一夜』(淀川長治、山田宏一共著、中央公論社、1988年/上・下、中公文庫、2000年)
  • 『小津安二郎物語』(厚田雄春共著、筑摩書房[リュミエール叢書]、1989年)
  • 『成瀬巳喜男の設計――美術監督は回想する』(中古智共著、筑摩書房[リュミエール叢書]、1990年)
  • 『誰が映画を畏れているか』(山根貞男共著、講談社、1994年)
  • 『われわれはどんな時代を生きているか』(山内昌之共著、講談社現代新書、1998年)
  • 『20世紀との訣別――歴史を読む』(山内昌之共著、岩波書店、1999年)
  • 『蓮實養老縦横無尽――学力低下・脳・依怙贔屓』(養老孟司共著、哲学書房、2001年)
  • 『傷だらけの映画史――ウーファからハリウッドまで』(山田宏一共著、中公文庫、2001年)
  • 『「知」的放蕩論序説』(絓秀実、渡部直己、守中高明菅谷憲興城殿智行共著、河出書房新社、2002年)
  • 『東京から現代アメリカ映画談義――イーストウッド、スピルバーグ、タランティーノ』(黒沢清共著、青土社、2010年)
  • 『映画長話』(黒沢清、青山真治共著、リトルモア、2011年)
  • 『柄谷行人蓮實重彦全対話』(柄谷行人共著、講談社文芸文庫、2013年)[3]
  • 『トリュフォー 最後のインタビュー』(フランソワ・トリュフォー[述]、山田宏一共著、平凡社、2014年)
  • 『〈淫靡さ〉について』(工藤庸子共著、羽鳥書店[はとり文庫]、2017年)
  • 『アメリカから遠く離れて』(瀬川昌久共著、河出書房新社、2020年)
  • 『笑犬楼VS.偽伯爵』(筒井康隆共著、新潮社、2022年)

編著[編集]

  • 『映画小事典』(山田宏一、山根貞男共編著、エッソ石油広報部[エナジー小事典]、1985年)
  • 『シネクラブ時代――アテネ・フランセ文化センター/トークセッション』(淀川長治共編、フィルムアート社、1990年)
  • 『光をめぐって――映画インタヴュー集』(編著、筑摩書房[リュミエール叢書]、1991年)
  • 『ミシェル・フーコーの世紀』(渡邊守章共編、筑摩書房、1993年)
  • 『いま、なぜ民族か』(山内昌之共編、東京大学出版会[UP選書]、1994年)
  • 『文明の衝突か、共存か』(山内昌之共編、東京大学出版会[UP選書]、1995年)
  • 『リュミエール元年――ガブリエル・ヴェールと映画の歴史』(編、筑摩書房[リュミエール叢書]、1995年)
  • 『地中海 終末論の誘惑』(山内昌之共編、東京大学出版会[UP選書]、1996年)
  • 『国際シンポジウム 小津安二郎――生誕100年記念「OZU 2003」の記録』(山根貞男、吉田喜重共編著、朝日選書、2004年)
  • 『成瀬巳喜男の世界へ』(山根貞男共編、筑摩書房[リュミエール叢書]、1995年)
  • 『デジタル小津安二郎――キャメラマン厚田雄春の視(め)』(坂村健共編、東京大学総合研究博物館、発売:パーソナルメディア、1998年)
  • 『大学の倫理』(アンドレアス・ヘルドリヒ広渡清吾共編、東京大学出版会、2003年)
  • 『国際シンポジウム 溝口健二――没後50年「MIZOGUCHI2006」の記録』(山根貞男共編著、朝日選書、2007年)

訳書[編集]

監修[編集]

  • ミシェル・フーコー [著]、小林康夫石田英敬松浦寿輝編『ミシェル・フーコー思考集成』(筑摩書房、1998-2002年)
  • 蓮實重彦、山根貞男、吉田喜重監修、小川直人、高田明、本田英郎、前田晃一編『OZU 2003――小津安二郎生誕100年記念国際シンポジウム』(OZU 2003 プログラムブック制作委員会、2003年)

脚注[編集]

  1. a b 『映画狂人シネマの煽動装置』(河出書房新社、2001年)は『シネマの煽動装置』(話の特集、1985年)の改題。
  2. a b c 『陥没地帯』(哲学書房、1986年/河出文庫、1995年)、『オペラ・オペラシオネル』(河出書房新社、1994年)は『陥没地帯/オペラ・オペラシオネル』(河出書房新社、2016年)に再録。
  3. a b 『闘争のエチカ』(河出文庫、1994年)は『柄谷行人蓮實重彦全対話』(講談社文芸文庫、2013年)に再録。

関連文献[編集]

  • 工藤庸子編『論集 蓮實重彦』(羽鳥書店、2016年)
  • 『ユリイカ 2017年10月臨時増刊号 総特集 蓮實重彦』(青土社、2017年)