豆相記

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豆相記(ずそうき)とは、戦国時代史料である。

概要[編集]

後北条氏の初代・北条早雲から5代・北条氏直までの5代の興亡を記録した家記。全1巻。名の「豆相」とは、後北条氏の本拠であった伊豆国相模国を指す。著者は不詳だが、内容で特に北条綱成とその子・氏繁の活躍を賞賛するような記述が目立つことから、恐らく玉縄北条家の関係者であると推定される。成立年代に関しては徳川家康のことを「源君御諱」と記録していることから、早くとも小田原征伐があった天正18年(1590年)、遅くとも家康が死没した頃ではないかと見られるが、確証は無い。

後北条氏5代にわたり、合戦を中心に漢文で編年的に書いている。ただ、内容に関する信頼性は怪しい点が多すぎる。北条早雲の出自が中先代の乱を起こした「逃げ上手の若君」で有名な北条時行の末裔とされている点、年代の誤りが余りに多すぎる点(北条早雲の伊豆侵攻が長禄2年(1458年)になっていたり、河越夜戦が天文7年(1538年)になっていたり、越相同盟成立が永禄11年(1568年)になっていたりなど、とにかく年代の誤りが多い)などであり、史料として用いるには危険すぎる部分がある。

また、後北条氏の関係者が書いたものと思われるゆえに仕方ないとは思うが、早雲から氏政までの合戦における「勝ち戦」あるいは氏直と家康の娘・督姫結婚などの慶事に関しては詳しく書いているのに、小田原征伐で後北条氏が滅亡することについては単に事実関係を書いているだけという簡単なものになっている。関東における合戦でとにかく綱成と氏繁が活躍し、顕彰している部分が多い内容である。

脚注[編集]

注釈[編集]

出典[編集]

参考文献[編集]