澤井信一郎

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澤井 信一郎(さわい しんいちろう、昭和13年(1938年8月16日 - 令和3年(2021年9月3日)は、日本映画監督沢井と書かれる場合もある。

プロフィール[編集]

概要[編集]

本名は澤井 信治(さわい しんじ)。松田聖子の「野菊の墓」など女性アイドルを主役にした娯楽映画で一時代を築いた映画監督として知られている。

東京外国語大学ドイツ語科卒業。既婚者。

昭和36年(1961年)に東映に助監督として入社。当時、娯楽映画の巨匠といわれたマキノ雅弘監督の師事を受け、「昭和残侠伝 死んで貰います」や「トラック野郎」シリーズで助監督・脚本を多く手掛けたり務めた。昭和56年(1981年)に「野菊の墓」で監督としてデビュー。昭和59年(1984年)の薬師丸ひろ子主演の「Wの悲劇」と昭和60年(1985年)の「早春物語」を合わせて日本アカデミー賞最優秀監督賞に受賞。他にも多くの作品があり、メロドラマに分野を広げるなど多才だった。

平成18年(2006年)に紫綬褒章を授章。しかし、遺作となった超大作「蒼き狼 〜地果て海尽きるまで〜」を発表した平成19年(2007年)頃から体調を崩しだし、平成23年(2011年)までは仕事をしていたものの、その後は闘病生活に専念。安藤昇のお別れの会、岡田裕介東映会長のお別れの会に出席したりする以外は公に姿を見せることはほとんどなく、もう1度映画の現場に立つという夢は果たせなかった。令和3年(2021年)9月3日午後7時5分、多臓器不全のため、東京都の病院で死去。83歳没。

フィルモグラフィー[編集]

映画[編集]

監督[編集]

助監督[編集]

脚本[編集]

テレビドラマ[編集]

著書[編集]

受賞歴[編集]