御庫本三河記

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御庫本三河記(ごこほんみかわき)とは、戦国時代史料である。

概要[編集]

著者・成立年代[編集]

著者は不明。成立年代については、著書で慶長3年(1598年)8月18日の豊臣秀吉の死去までが書かれているため、それ以降だというのはわかる。ただ、享和3年(1803年)4月の時点でかなり流布していたようであるため、江戸時代前期から中期にかけて成立した後代史料であると推定される。

内容[編集]

上中下の全3巻3冊。徳川家康の先祖、すなわち松平氏の先祖である初代・松平親氏から家康に至るまでの、三河松平氏、徳川氏に関する発展についての歴史について語っている。

この手の記録にしては時間的なミスがほとんど見られず、三河一向一揆の原因は家康が彼らから戦費を徴収したため、とあるなど、家康に必ずしもバイアスを当てているわけではない。ただ、後代史料であるためか、信玄の死が天正元年4月(実際には元亀4年4月)になっていたり、家康が義元の存命中に元康と改名したことになっていたりする点がある。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. 織田・徳川連合軍7万、武田軍3万となっている。鉄砲は3000挺。
  2. 天正7年(1579年)「8月」になっているが、実際には9月である。理由は信康が武田勝頼に内通したことになっている。

出典[編集]

参考文献[編集]