関平

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関 平(かん ぺい、? - 219年)は、中国後漢末期の武将。父は関羽。兄弟に関興。甥に関統関彝

生涯[編集]

関興との兄弟順など詳しい事跡は不明で、麦城から逃れようとする関羽に同行した際、孫権の部下の馬忠に捕らえられて斬られた[1]。『蜀記』では関羽が曹仁を攻撃している際、猪に足を噛まれる夢を見て「わしはもう年をとったが、引き返すわけには行かない」と関平に語ったとある。

三国志演義』では第28回で初登場。関羽の実子ではなく関定の次男で関寧の弟という設定にされており、関羽が劉備と再会した際に頼った関定宅で18歳になる関平を自分の養子にする事になった。その後は同じ養子という身分からか劉封と行動を共にすることが多く、劉備の入蜀でも劉備に従って従軍し劉備軍が危機に陥ると諸葛亮に救援を求める使者を務め、そのまま父と共に荊州に留まる。219年に曹仁を攻めた際、曹操の配下となっていた龐徳と一騎討ちを演じるが軽くあしらわれている。そして孫権に背後をつかれて父と共に斬首された。演義における享年は37である。

脚注[編集]

  1. 小出『三国志武将事典』P354

参考文献[編集]