関彝
ナビゲーションに移動
検索に移動
関 彝(かん い、生没年不詳)は、中国の三国時代の蜀の武将。祖父は関羽。父は関興。叔父に関平。異母兄に関統。
生涯[編集]
関興の庶子[1]。異母兄の関統が子が無く早世したため、爵位を継いだ[1]。
『蜀記』によると蜀滅亡の際、かつて219年に父の龐徳を関羽に討たれた龐会により、父の仇として関羽の一族は根絶やしにされたとあるため、それが事実なら没年は263年となる。ただし現在でも関羽の子孫と称する一族は存在するため、また詳細が不明のため関彝がどうなったかは不明である。
『三国志演義』では第119回で漢寿亭侯の爵位を持ち、姜維と鍾会の起こした反乱で魏の兵士に殺害されたとして名前のみ登場する。