鉄道郵便局

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鉄道郵便局 (てつどうゆうびんきょく)は、かつて郵政省が組織した郵便局である。

概要[編集]

最盛期には日本国内の拠点駅に14局あり、主要駅に分局が存在した。一般からの郵便物の受け付けは行わず、専ら郵便物の託送を行った。郵便車を使用して郵便物を輸送し、閑散地区は自動車郵便線路を使用した。
取扱便を担当する車両は郵便物の仕分け作業を行うための設備がある。棚、椅子の他、作業改善のために集塵機扇風機、郵政官庁の私有車の場合は冷房機がある。車体側面には「郵〒便」の表記がついていた。
車体側面に郵便差し入れ口が存在していた時期があり、停車中の郵便車に郵便物を投函することができた時代もあった。

保有[編集]

郵便荷物合造車の場合は鉄道事業者の所有であるが、専用車は郵政省の私有車であった。

日本における運用[編集]

郵便車のみで運用される列車はほとんどなく、たいていは荷物列車旅客列車に併結される。郵便局からの郵便物の受け、鉄道駅で郵便物の受け渡しを行う。

明治時代[編集]

日本の近代的郵便制度は1871年に始まり、翌年の鉄道開通では郵便車も登場した。当初は車掌に委託して郵便物を預ける締切便であったが、やがて郵政官庁の職員が乗り込む護送便となった。さらに車内で郵便物を仕分ける取扱便が登場した。車両も二軸車からボギー車となり、便所も設置された。

大正時代[編集]

他の客車と同様、自動連結器、自動ブレーキ、暖房装置、白熱灯が付き、休憩室も設置された。

昭和戦前[編集]

鋼製車両が登場した。車体長も20mとなった。

昭和戦後[編集]

郵政省の私有車として運用された。冷房が設置され、電車気動車の専用車も登場した。飛行機の発達や高速道路の延伸、合理化によって昭和59年2月1日日本国有鉄道ダイヤ改正で取扱便が廃止され、昭和61年11月1日日本国有鉄道ダイヤ改正よりも先の同年9月30日をもって鉄道郵便車による郵便輸送は全廃し、鉄道郵便局も廃止された。

設置された鉄道郵便局[編集]

設置された鉄道郵便路線[編集]

職員[編集]

国家公務員であるが、一般の国家公務員試験とは別の採用試験を行った。勤務は定められた区間の往復であるが、夜勤も行っており、非常に過酷な任務であった。特に夏は非冷房の気動車での勤務は想像を絶するものであった。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

外部サイト[編集]

鉄道郵便車保存会