谷氏
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谷氏(たにし)とは、日本の氏族である。織豊政権時代に大名となり、江戸時代には丹波山家藩主(現在の京都府綾部市)として1万石の大名となった。家紋は揚羽蝶(五三桐・円餅)。藩庁は山家陣屋。家格は外様大名・陣屋。江戸城内の詰間は柳間。
概要[編集]
宇多源氏の佐々木氏の支族であり、谷の姓は近江谷郷にちなむと言われる。戦国時代の谷衛好・衛友父子は織田信長・豊臣秀吉に仕え、衛好は天正6年(1578年)に秀吉の播磨攻めに従って三木城の戦いで戦死し、衛友は秀吉より天正19年(1591年)に丹波山家において1万6000石の大名に封じられた。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで衛友は西軍に属して丹後田辺城を守る細川幽斎を攻撃したが、後に東軍に属したために所領安堵されて、江戸時代には1万6000石を領する山家藩主となった。
以後、谷氏が山家藩主として明治時代を迎えた。藩政に見る所は少なく、寛永5年(1628年)に6000石を分与して1万石になったことと、この家は養子を迎える例が少なかったことくらいである。明治17年(1884年)の華族令により子爵に封じられた。