謙信家記

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

謙信家記(けんしんかき)とは、戦国時代史料である。

概要[編集]

上杉謙信に関する戦い、及びその軍法に関する書物で、全1巻。別称は「三帥戦略」(さんすいせんりゃく)、「三帥戦記」(さんすいせんき)。これについては「輝虎公諸大将批判之事」で、武田信玄織田信長北条氏康の3名を論評していることから、これを指すのではないかと推定されている。

著者や成立年代については不明。実は宇佐美勝正天正5年(1577年)、あるいは同7年(1579年)と記録されているのだが、これは前半の末尾部分にあるもので、巻末に「享保改元仲夏」とあるため、江戸時代中期成立の可能性も考えられる。

内容については2つに大別される。前半は永禄6年(1563年)の武蔵松山城での武田信玄・北条氏康連合軍との戦いから、天正6年(1578年)3月13日の謙信急死までである。ただ、記事については年月日の記録が異常に少なく、軍法についての記録が多い。後半は村上義清が信玄に敗れて越後国亡命し、川中島の戦いから小田原城の戦い鶴岡八幡神社の事件、最も激しかったとされる第4回川中島の戦いまでを記録している。ただし、第4回川中島についてはなぜか途中で記録が終了している。

脚注[編集]

注釈[編集]

出典[編集]

参考文献[編集]