甲陽軍鑑

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甲陽軍鑑』(こうようぐんかん)とは、武田信玄勝頼時代の事跡を編纂した江戸時代成立の軍学書である[1]甲斐武田氏の研究の上では重要な史料として位置づけられている。全59品[1]。『軍鑑』と省略されて言われることもある。

経歴[編集]

武田信玄の重臣で武田四名臣武田二十四将の一人に数えられる高坂昌信(春日虎綱)が48品までを口述したとされる[1]。昌信が天正6年(1578年)に死去すると甥の春日惣次郎が軍鑑の事業を引き継いだ[1]。そして同じく武田家の家臣で武田家滅亡後に徳川氏に仕えた江戸時代初期の軍学者である小幡景憲が編集して完成したとされる[1]。江戸時代には代表的な軍学書として多くの武士から愛読された[1]

現在ではこの軍鑑を基礎にした参考書も多く出されている。

内容[編集]

信玄の時代の軍法や政治を高坂が回顧した形をとっている[1]。実を言うと以前は偽書とする説が有力であったが、近年より再評価が行なわれている[1]。その理由として戦国時代における史料に基づいたものが多く実録としても利用価値が高いためである[1]。ただし過信は厳禁で、誤りがあるのも事実である。

主な誤りとして

  • 勝頼の側近であった跡部勝資長坂虎房を主家を誤らせた奸臣としている[1]
  • 信玄の父・信虎に関係する記事で年代の誤りが多い。信虎が信玄や家臣団に甲斐を追放された年が天文7年(1538年)にされている。実際は天文10年(1541年)である。このため、信虎時代に関連する記事は信頼性が低いとしている[1]

脚注[編集]

  1. a b c d e f g h i j k 柴辻俊六 編『武田信虎のすべて』新人物往来社、2007年、p.230

参考文献[編集]

  • 柴辻俊六 編『武田信虎のすべて』(新人物往来社、2007年) ISBN 978-4-404-03423-6