戒重藩

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戒重藩(かいじゅうはん)は、江戸時代前期から中期にかけて大和国に存在したである。藩主家は外様大名織田氏。石高は1万石。藩庁は戒重陣屋。現在の奈良県桜井市に存在した。

概要[編集]

織田信長の弟・織田有楽斎(織田長益)は、大坂の陣の後、自らの所領の内、4男の織田長政に大和国式上郡山辺郡摂津国嶋下郡の内で1万石を与えた。元和8年(1622年)、長政は式上郡戒重に藩庁を構えた。

第4代藩主・織田長清の時である宝永元年(1704年)、藩庁を岩田に移したので、以後は芝村藩となって戒重藩は廃藩となった。正徳3年(1713年)、岩田は芝村と改名された。

なお、元禄9年(1696年)に藩主の長清によって藩校遷喬館が設立されているが、これは大和国で最も古い藩校である。

歴代藩主[編集]

織田家

1万石 外様

  1. 長政(ながまさ)
  2. 長定(ながさだ)
  3. 長明(ながあきら)
  4. 長清(ながずみ)

幕末の領地[編集]