利府城

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利府城(りふじょう)とは、現在の宮城県宮城郡利府町利府にかつて存在した日本である。

概要[編集]

利府駅の北西にそびえる山の上にあった山城で、中世伊沢氏により築城された。伊沢氏は奥州留守職の地位にあった家柄で、最初は多賀城に、後に高森城に移った。そして室町時代に利府城を築城してここを居城にしたといわれる。天正18年(1590年)の豊臣秀吉小田原征伐の際に、小田原参陣をしなかったことから秀吉によって改易され、以後は伊達政宗の家臣となった。

天正19年(1591年)、政宗が岩出山城に移転した際、領国経営の要として利府城は伊達氏の家臣である伊沢氏の居城となる。しかし江戸時代になって政宗が仙台城に居城を移すとその必要性が無くなって廃城となった。

この城は山城といっても標高100メートルにも満たないもので、丘に近い。山頂には桜が植えられており、現在は史跡公園として整備されている。

アクセス[編集]