葛西敬之

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葛西 敬之(かさい よしゆき、昭和15年(1940年10月20日 - 令和4年(2022年5月25日)は、日本実業家、会社経営者。東海旅客鉄道(JR東海)社長・会長、学校法人海陽学園理事長。井手正敬松田昌士と共に「国鉄改革3人組」と称され、日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化に尽力した。

略歴[編集]

東京府出身。昭和38年(1963年)に東大法学部を卒業して国鉄に入社し、主に経営企画や労務を担当し、職員局次長時代に分割民営化を推進し、井手正敬、松田昌士らとともに「改革3人組」と呼ばれた。昭和62年(1987年)の分割民営化後はJR東海に移り、取締役総合企画本部長に就任。平成7年(1995年6月に社長に就任し、東証1部上場や新幹線品川駅の開業などに携わって経営基盤の強化に努めた。平成16年(2004年6月から会長に就任し、10年後に名誉会長に就任した。この間、国鉄時代からの悲願であるリニア計画の実現を推進し、国内外の政財界の人脈を生かして新幹線やリニアの海外輸出を目指した。令和2年(2020年)6月に取締役を退陣。

安倍晋三のブレーン的な存在で、第1次安倍内閣時代から国家公安委員を務め、その後も東京電力の経営を監視する第三者委員会「経営・財務調査委員会」の委員を務めた。そのほかにも内閣府宇宙政策委員会委員長、次世代のリーダーを養成する全寮制の中高一貫校「海陽学園」の設立にも関与した。第2次安倍内閣以後も有識者会議メンバーとして、集団的自衛権の行使を可能とする日本国憲法の解釈の変更について取りまとめたりした。

令和4年(2022年)5月25日午前5時27分、間質性肺炎のため死去した。81歳没。

外部リンク[編集]