欠史八代
欠史八代(けっしはちだい)とは、『古事記』・『日本書紀』において系譜は存在するが、その事績が記されない第2代綏靖天皇から第9代開化天皇までの8人の天皇のことを指す。
概要[編集]
百歳を超える寿命の天皇が非常に多いことが実在性について疑問を持たれる理由の一つとなっているが、もしも、架空の歴史を『古事記』・『日本書紀』に追加する必要があるのであれば、もう2代くらい天皇を追加すれば不自然さは無くなる。 その程度のことは古代の『古事記』・『日本書紀』の編纂者である高級エリート官僚であれば容易に想像出来たはずであり、事実でなければ、不自然さを無くすため架空の天皇を追加していたと考えるのが妥当である(独自研究)。加えて実在が確認されている応神天皇は111歳、仁徳天皇は143歳で崩御されたことになっており、寿命と実在性については疑問満載である(独自研究)。
また、現在の平均寿命から推定して寿命の長さを論じているが、公害もなく化学肥料も農薬もない世界で取れたものを食べ、適度な運動も行っていた事は容易に想像出来る。支配者階級であったゆえ、栄養失調になる可能性も低かったと想定される。現代における『長寿の秘訣』を実践していたのであるから、寿命が長いことだけをもって実在性に疑問を投げかけるのは如何と思うが、こんな事を真面目に考える余裕は歴史学者にはない。
欠史八代の天皇の生没年は明らかである[1]。欠史八代の天皇の年齢合計は788で、一代追加するだけで87歳強まで平均寿命を引き下げることが出来る。
また、事績が記されていないことも欠史の理由とされているが、神武天皇とその前の神々がほとんどすべてのことをやっておいてくれたので、平穏無事に800年間太平の世が続いた可能性も否定出来ない。
欠史八代の特徴として、すべて父子間で天皇の皇位継承が行われている。実在性が確かと言われている雄略天皇の時代は兄弟間での皇位継承が普通だった[2]。
欠史八代のうち孝昭天皇から孝元天皇までの四代がすべて『孝』から始まることに違和感を感じざるを得ない。四代続いて同じ漢字から始まる天皇は第68代後一条天皇、第69代後朱雀天皇、第70代後冷泉天皇、第71代後三条天皇[3]、及び、第102代後花園天皇、第103代後土御門天皇、第104代後柏原天皇、第105代後奈良天皇[4]があるが、『孝』と『後』では意味が違う(独自研究)。
該当する天皇[編集]
- 綏靖天皇 生没年 BC632年生 - BC549年没
- 安寧天皇 生没年 BC577年生 - BC511年没
- 懿徳天皇 生没年 BC553年生 - BC477年没
- 孝昭天皇 生没年 BC506年生 - BC393年没
- 孝安天皇 生没年 BC427年生 - BC291年没
- 孝霊天皇 生没年 BC342年生 - BC215年没
- 孝元天皇 生没年 BC273年生 - BC158年没
- 開化天皇 生没年 BC208年生 - BC 98年没
脚注[編集]
出典[編集]
- 尾崎克之 栗原加奈夫 岡林秀明 常井宏平 『完全保存版 天皇125代』2128、宝島社〈別冊宝島〉、2014年2月23日、1st。ISBN 978-4-8002-2156-8。