木下博民

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木下 博民(きのした ひろたみ、大正11年(1922年) - 平成30年(2018年6月8日)は、日本作家。既婚者。

経歴[編集]

愛媛県宇和島市出身。昭和15年(1940年)に宇和島市立宇和島商業学校を卒業し、住友鉱業株式会社に入社する。昭和17年(1942年)に太平洋戦争に出征し、中華民国湖北省湖南省、東北ハルビンなど大陸で活動する。昭和20年(1945年)、実家は宇和島市の空爆により、吉野生村(現在の松野町)へ疎開した。同年の終戦後、昭和21年(1946年)に復員する。

井華鉱業株式会社(現在の住友鉱業株式会社の後身)に復職し、昭和35年(1960年)に日本電気株式会社NEC)に移籍する。昭和45年(1970年)、NEC分身会社である日電厚生サービス株式会社(現在の株式会社NECライベックス)設立と同時に出向。昭和56年(1981年)、同社専務取締役となる。昭和58年(1983年)、NEC分身会社・株式会社日本電気文化センター(現在のNECメディアプロダクツ株式会社)社長に就任し、平成元年(1989年)に退任した。

退任後は「戦争と平和」「郷里の先人から学ぶ」をテーマにして執筆活動を続け、平成13年(2001年)に「板島橋 - 宇和島の予科練と平和の軌跡」(創風社出版)で愛媛出版文化賞を受賞した。

平成30年(2018年)6月8日午前0時30分、東京都目黒区病院死去した。95歳没。