曽根虎長

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曽根 虎長(そね とらなが、生没年不詳)は、戦国時代武将武田氏家臣。父は縄長。子に昌世

生涯[編集]

官途は中務大輔・掃部助・兵部大輔[1]。受領名は三河[1]享禄4年(1531年)の河原辺合戦で父が戦死したため、家督を相続した[1]天文10年(1541年)と天文17年(1548年)の中郡上曽弥村山王権現社の棟札にその名前が見られる[1]。諱の虎は武田信虎の偏諱である[1]

永禄13年(1570年)4月まで活動が確認できるが、その後の動向は不明である[2]

脚注[編集]

  1. a b c d e 柴辻俊六 編『武田信虎のすべて』新人物往来社、2007年、p.199
  2. 柴辻俊六 編『武田信虎のすべて』新人物往来社、2007年、p.200

参考文献[編集]

  • 柴辻俊六 編『武田信虎のすべて』(新人物往来社、2007年) ISBN 978-4-404-03423-6