岩崎城 (尾張国)

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岩崎城(いわさきじょう)とは、現在の愛知県日進市岩崎町市場67番地に存在した日本である。

概要[編集]

戦国時代天文7年(1538年)に丹羽氏清築城した。天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いの際、当時の城主・丹羽氏次徳川家康に従って参戦し、城の留守は弟で当時16歳の丹羽氏重が守っていた。しかし同年4月9日、羽柴秀吉の中入り策により池田恒興らの攻撃を受け、氏重は抵抗したものの衆寡敵せず、士分41名、城兵300人余りは1人を残してことごとく戦死し、落城したという。しかしこの攻城がかえって家康に中入りを察知させてしまい、後に池田は敗死した。その後、氏次は慶長5年(1600年)に三河国伊保藩移封され、城は廃城となった。

城跡は本丸が東西41メートル、南北が47メートルで、古記録では二重の空堀と土居で囲んでいたようである。城跡はわずかに堀跡が竹藪として残るのみであったが、昭和62年(1987年)に復元が成され、城跡3万平方メートルが公園として整備され、岩崎歴史記念館、名古屋城二の丸庭園を模した日本庭園などがある。

アクセス[編集]

  • 星ヶ丘駅からバスで20分、そこから徒歩で5分。

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