小川誠子

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
Wikipedia-logo.pngウィキペディアの生真面目ユーザーたちが小川誠子の項目をおカタく解説しています。

小川 誠子(おがわ ともこ、昭和26年(1951年4月1日 - 令和元年(2019年11月15日)は、日本囲碁棋士日本棋院所属。木谷實九段門下。夫は俳優の山本圭。その髪型から「おかっぱ本因坊」と呼ばれていた。

経歴[編集]

福井県福井市出身。愛知県名古屋市で育ち、6歳の頃にアマ6段の父に教えられて囲碁を始めた。昭和40年(1965年)の第7回全日本女流アマ選手権で優勝した後、昭和41年(1966年)に木谷實門下に弟子入りする。昭和45年(1970年)に入段となりプロ入りする。昭和54年(1979年)の第25期女流選手権戦で初タイトルを獲得し、翌年には小林千寿を退けて連覇も達成する。昭和61年(1986年)に楠光子を破って女流本因坊を獲得し、昭和62年(1987年)に女流鶴聖戦を制した。

平成7年(1995年)に6段。NHK囲碁番組の聞き手として活躍し、穏やかな語り口で人気を集めた。囲碁棋士の重鎮として、棋士会の会長や日本棋院理事を歴任した。女流本因坊や女流鶴聖などタイトル獲得数は通算で4つある。平成20年(2008年)、女流では杉内寿子以来2人目の公式戦500勝を達成している。

私生活では俳優山本圭と昭和52年(1977年)に指導碁を通じて知り合って結婚して、長女など子宝にも恵まれている。

令和元年(2019年)10月頃に腰の不調を訴え、10月30日に休場届を出していた。その後入院していたが、11月14日に容態が急変し、11月15日午後3時頃に病気により東京都内の病院において急死した。68歳没。

タイトル歴[編集]

主な著作[編集]

外部リンク[編集]