安志藩
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安志藩(あんじはん)は、江戸時代中期から明治時代初期にかけて播磨国に存在した譜代大名の藩。石高は1万石。藩庁は安志陣屋。現在の兵庫県姫路市安富町安志(旧宍粟郡安富町)に存在した。豊前国小倉藩の支藩的存在であった。
概要[編集]
享保2年(1717年)に立藩した藩である。享保元年(1716年)、中津藩の第5代藩主・小笠原長邕が6歳で夭逝したため、中津藩の小笠原氏は無嗣改易となったが、小笠原氏の祖先の功労を考慮した江戸幕府によって特別に弟の長興に家名を継承することを認め、播磨国宍粟郡・佐用郡・赤穂郡のうちから1万石を与えて安志に陣屋を構えさせた。これが安志藩の立藩である。
享保3年(1718年)、藩校の明倫堂を創設して儒学を中心とした文教に尽くすなど、文学に留意した藩政を行なった。しかし、わずか1万石の小藩のため、特に見るべき藩政は他には存在しない。安永元年(1772年)に第3代藩主・小笠原長為の弟の小笠原忠苗が本家の豊前国小倉藩主の小笠原忠総の養子となり、寛政3年(1791年)に小倉藩を継承しているくらいである。以後、小笠原氏の支配が7代続いて明治維新を迎えた。
歴代藩主[編集]
- 小笠原家
譜代。1万石。(1716年 - 1871年)
代 | 氏名 | 官位 | 在職期間 | 享年 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 小笠原長興 おがさわら ながおき |
― | 享保元年 - 享保15年 1716年 - 1730年 |
75 | 父は豊前中津藩4代藩主の小笠原長円。 |
2 | 小笠原長逵 おがさわら ながみち |
従五位下 信濃守 |
享保16年 - 明和7年 1731年 - 1770年 |
58 | 実父は豊前小倉藩3代藩主の小笠原忠基。 |
3 | 小笠原長為 おがさわら ながため |
従五位下 信濃守 |
明和7年 - 天明2年 1770年 - 1782年 |
38 | |
4 | 小笠原長禎 おがさわら ながよし |
従五位下 信濃守 |
天明2年 - 文政6年 1782年 - 1823年 |
45 | |
5 | 小笠原長武 おがさわら ながたけ |
従五位下 信濃守 |
文政6年 - 天保10年 1823年 - 1839年 |
30 | |
6 | 小笠原貞幹 おがさわら さだよし |
従五位下 信濃守 |
天保10年 - 万延元年 1839年 - 1860年 |
39 | 万延元年(1860年)に豊前小倉藩主となる。 |
7 | 小笠原貞孚 おがさわら さだざね |
従五位下 信濃守 |
万延元年 - 明治4年 1860年 - 1871年 |
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