三国志

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
三國志から転送)
ナビゲーションに移動 検索に移動

三国志』(さんごくし。三國志とも)とは、本来は西晋歴史家であった陳寿の著した歴史書のこと。
転じて、中国の三国時代そのものや、三国時代を舞台としたフィクション(『三国志演義』など)を指す言葉としても用いられる。

概要[編集]

と並んで「四大名著」に数えられる。由来としては中国が起源であるが、文化的なコンテンツとして日本に定着しており、マンガ・アニメ・ゲームにの題材としても用いられ、下手をすると中華人民共和国の屋台骨を揺るがしかねない強力なコンテンツに育った。

対象となる時期[編集]

各種の『三国志』は、それぞれが扱う時代が異なっている。なにしろ「赤壁の戦い」がピークであり、そこを踏まえてどこを切りとって演出するかで変わってくる。
最も狭く捉えれば、『三国志』の時代は呉の孫権が皇帝を名宣(なの)った229年から蜀漢が滅亡した263年までとなる。これはの3ヶ国がそれぞれの皇帝を戴いて並立した時代である。一般には、後漢末の184年に発生した黄巾の乱から280年の呉の滅亡までを扱うことが多い。
最近では、宮城谷昌光の三国志のように、はじまりを楊震らの活躍など後漢中期に置く作品もある。また、各種の三国志関係ソーシャルゲームでは、西晋の人物も多く登場する。

陳寿の三国志[編集]

正史三国志などと呼ばれる歴史書である。魏の跡を受けて、中国を再統一した西晋の国家事業として編纂されたものである。あまりに近い時代に編纂されたので、潤色が多く見られるとも言われる。また、編者の陳寿が蜀の遺臣だったため、蜀に対して同情的な記述も多い。

後年に、南朝・宋の裴松之によって、「注」を付けたものが編纂されている。

小説としての三国志[編集]

吉川英治北方謙三、上記の宮城谷らの作品が有名。
横山光輝の漫画は、吉川の小説がベースとなっており、黄巾の乱から263年の蜀漢の滅亡まで描いている。

故事成句や推しキャラに関する三国志[編集]

故事成句[編集]

多くあるが、より古い文献からの引用も多いため、細述は編集者に委ねる。

  • 「桃園の誓い」 - 有名。
  • 「呉下の阿蒙」- いつまで経っても成長しない人の例え。
  • 「士三日会わずんば、刮目して見るべし」- しばらく顔を会わせない人は先入観で見てはいけないことの例え。
  • 「泣いて馬謖を切る」- どんなに目をかけていても、私情に甘えて贔屓してはいけないという例え。

推しキャラ[編集]

関羽雲長
姓は関、名は羽、號して雲長。日本国内でも横浜中華街、神戸南京町、長崎新地中華街に関帝廟がある。
諸葛孔明
姓は諸葛、名は亮、號して孔明。

これで要領は大体お分かりいただけたと思うので、『水滸伝』のノリで「通り名を○×という」と続けていただきたい。

二次元のなかの三国志[編集]

サブカルチャー関係では、日本の戦国時代と同様に、三国志は大人気である。コーエーのアクションゲーム『三國無双』は有名である。孫策伯符を美少女化した『一騎当千』や、関羽をヒロインとしたアダルトゲーム『恋姫†無双 〜ドキッ☆乙女だらけの三国志演義〜』など、三国志の武将が美少女化されることも少なくない。

実写映画作品[編集]

  • 『レッドクリフ』

マンガ[編集]

アニメ[編集]

ゲーム[編集]

ライトノベルその他(未分類のものを含む)[編集]

脚注[編集]