経堂駅

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経堂駅
Kyodo-Station2.jpg
駅舎
読みきょうどうえき
路線小田急線
駅番号OH 11
所在地東京都世田谷区経堂2-1-3
公式サイト小田急電鉄

経堂駅(きょうどうえき)は、東京都世田谷区経堂にある小田急線の駅。

概要[編集]

複々線化事業により高架になったとき、経堂検車区跡地に「経堂コルティ」など商業施設、スポーツクラブ、賃貸マンションを「グリーンプロムナード」で結ぶ「経堂テラスガーデン」が建設された。

のりば[編集]

ホーム 路線 方向 軌道 行先
1 OH 小田原線 下り 緩行線 小田原唐木田片瀬江ノ島方面
2 急行線
通過線 □小田原線 上り 急行線 上り列車の通過
3 OH 小田原線 上り 急行・緩行線 新宿C 千代田線方面
4 緩行線

沿革[編集]

経堂コルティ
  • 1927年(昭和2年)4月1日 - 小田急線開業と同時に開業。
  • 2011年(平成23年)4月26日 -「経堂コルティ」開業。

経堂検車区[編集]

経堂は小田急創業以来、鉄道教習所、電車区、車掌区、検車区、保線区、電力区が置かれていた。電車区は日常の小規模な電車検査、列車検査を行う。1950年、技術関係業務を統一するため、仕業班、交番班を統合し、経堂検車区が発足した。モーターのブラシなどの消耗品は定期的に交換や補充が必要なため、検車区で補充する。投石による窓ガラスの破損、ドアの開閉不良も検車区の担当である[1]。経堂検車区は複々線化により駅が高架化されたときに、喜多見検車区に機能を移した。経堂検車の跡地は、経堂コルティ、テラスガーデン、マンションとなっている[2]

駅名の由来[編集]

駅名の由来には諸説あり、結論は出ていない。

  • 江戸時代の大地主である松原土佐守弥右衛門は徳川幕府の御殿医であった。中国から帰化したと言われる。松原土佐守は屋敷内にお堂を建て、医学書を収納したが、当時の人々は本といえば経典と誤解し、これを「経堂」と呼んだ。1626年(寛永3年)松原土佐守は常徳院から玄畝和尚を迎えて寺を建て、「経堂山福昌寺」と名づけたことに由来する説がある[3]
  • 付近の野原に一つのお堂が建てられていたが、その造り方や形は関東地方にはない京風のものであったため、人々は「京堂」と呼び、それがいつしか「経堂」になったとする説がある。
  • 福昌寺は、玄畝和尚が1626年(寛永3年)に創建されたが、玄畝和尚は中国から帰化した僧で経典の蔵書が多かったことから、その屋敷を人々は「経堂」と名付けたとする説がある。

農大通り商店街[編集]

経堂駅から東京農業大学まで伸びる380メートルの経路「経堂農大通り商店街」に約150軒の店舗が展開している。

隣の駅[編集]

基本事項[編集]

  • 名称:経堂駅
  • 開業:1927年4月1日
  • 乗降人員(1日平均):80,941人
  • 所在地:東京都世田谷区経堂2-1-3
  • 駅構内設備:エスカレーター、トイレ、コインロッカー、待合室、AED、おむつ替え設備、ベビーチェア[4]
  • 店舗等(改札外):横浜銀行ATM、ゆうちょ銀行ATM、箱根そば 経堂店、セブン-イレブン 小田急経堂店

近隣施設[編集]

近隣施設には次のものがある[5]

外部リンク[編集]

リファレンス[編集]

  1. 加藤和雄(1993)『小田急よもやま話』多摩川新聞社
  2. 伊藤桃(2019)『小田急全駅ものがたり』シンコーミュージックエンターテイメント
  3. 経堂・宮坂・桜丘世田谷区、平成27年4月1日
  4. 経堂駅
  5. ウィキペディア日本語版は「日本大学文理学部」、「日本大学櫻丘高等学校」を駅周辺施設にあげるが、これらの最寄り駅は別にある。
OH 小田急小田原線の駅一覧
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