旧円覚寺放生橋

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旧円覚寺放生橋(きゅうえんかくじほうじょうばし)は沖縄県那覇市首里当蔵町に存在する円覚寺跡の放生池にある1498年に建設された石造板橋である。沖縄を代表する土木遺産である。国の重要文化財に指定されている。

概要[編集]

沖縄県那覇市にあった円覚寺は、第2尚氏の第3代国王尚真王(在位:1477年から1526年)が深く仏教に帰依していたことから、1492年京都南禅寺芥隠を開山として建立した、沖縄第一の古刹である。寺域は約3560平方メートルに及び、鎌倉五山の一つである円覚寺にならって七堂伽藍を備えた壮麗なもので、第2尚氏の歴代の菩提寺とされた。

放生橋は旧円覚寺総門と山門との間に設けられた放生池にかかる橋である。山門側の親柱に「大明弘治戊午歳春正月吉日建立長史梁能及通事陳義督造」と書かれる。1498年に橋が建設されたことが分かる。円覚寺の完成より後に造られている。弘治は「明」の年号である。沖縄(琉球)では中国と日本の元号の両方を使用していた時代があった。現存する日本最古の石造橋梁と言われており、優美な橋として有名である。

長方形に掘られた放生池は、禅宗寺院の配置形式に見られる。放生橋は梁能・陳義が監督して中国で作製したことが、先の親柱の銘から判明する。

長方形に切り出された4枚の琉球石灰岩を並べて架けた素朴なつくりであるが、両側に設けられた欄干にすべて輝緑岩を用い、羽目には精緻な彫刻があしらわれている。沖縄には珍しい桁橋であり、優れた意匠で、とくに羽目石の彫刻は沖縄石造彫刻のうちでも最高傑作といわれている。

輝緑岩は、青石といわれるが、沖縄では産出しないため、支那から運んだものと考えられている。輝緑岩は火成岩のひとつで、斜長石、輝石などから成り、粒状または粗粒状であり、青緑色で緻密である。粘りのある細工に適した美しい石材である。沖縄ではほとんど産出されず、福建省産のものが名高い。

1945年太平洋戦争末期、沖縄戦の戦火により放生橋をはじめ、円覚寺はことごとく焼失した。戦後1967年、修復された。1972年5月15日、沖縄の本土復帰に伴って、国の重要文化財に指定された。

諸元[編集]

外部リンク[編集]

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